その子…「ヒロくん」と出会ったのは、新年が明けた1月のある日のことでした。
いつものように退屈しのぎにサーバ1のグレンに行ってみたとき、レベル上げやコイン持ち寄りなどの無数の声に混じって、助けを求める小さな吹き出しが目に留まりました。
それが、ヒロくんでした。
なんのボスかはもう忘れましたが、いっしょに倒したあとに、お互いに「フレンド」になりました。
その後しばらくして、「どうしても大魔王を倒したい」という彼の強い願いを受け入れて、二人でラスボスに挑みましたが、あと一歩のところで全滅してしまいました。
当時はまだシナリオボスの難度を選ぶことができず、彼自身のレベルもまだ低くアンルシアも十分に育っていなかったので、それも無理もない結果でしたが、お金もみんな使い果たしてしまった彼は、「自分は弱くて手伝ってもらってばかりで、みんなに迷惑が掛かるから」と、そこでDQXを辞めてしまったのです。
それからいろいろ思うことがあり、私自身も1ヶ月半ほど辞めていたのでしたが、結局またすぐに帰ってきてしまいました。
すると、辞めたヒロくんもまた、ここに戻ってきてくれているではありませんか。
復帰した後にレベルと経験を十分に積んだ彼は、今度は誰の力にも頼らずに、たった一人で通常レベルの大魔王に打ち勝っていたのでした。
あのときは未熟だった彼も、久しぶりに再会したときは、私も見違えるほどに成長していました。
「ぼく、強くなったよ!」
そう誇らしげに話す彼に、私などが教えることはもうなにもありませんでした。
「おねえちゃん。ぼく、こんどのかきんが切れたら、ドラクエをやめるよ」
6月のある日、ヒロくんが私に言いました。
昨年の12月から彼といっしょにDQXを始めた同じキッズの友人たちも、もうだれもアストルティアからいなくなっていました。
シナリオボスが強すぎて、遊ぶ時間もお小遣いも限られている子供たちには、それを倒すための装備も高すぎて買えず、周りの「大人たち」についてゆけずにみんな辞めてしまったのです。
「おとなって、どうしてみんなひっしなの? まいにちレベル上げや金さくばかり。ぼくはただ、みんなといっしょに楽しく遊びたかっただけなのに」
ヒロくんがいっしょに遊べる「大人」は、私ともう一人の二人だけでした。
すでにキッズのフレンドがいなくなってしまったヒロくんは、持ち寄りやお金の授受はいっさい行わずに、自分が手に入れたカードやコインを、グレン1で募った野良PTの大人たちにすべてあげていました。
そして、ボスが倒せずに困っている人の声を街中で聴くと、自分のことは後回しにして、そのお手伝いに奔走していたのです。
DQXの課金が切れるのは、来月の10日のはずでした。
男の子が自分で決めたことだから、私は笑顔で彼を見送るつもりでした。
「さいごに、お別れにきた」
昨日の26日の夜のこと。引越ししたばかりの私の家に、ヒロくんがやってきました。
「ぼくがはやくやめないと、おねえちゃんはソフト買えなくて、おともだちといっしょに遊べないから。ギラうちたいんでしょ?」
その言葉を聞いて初めて私は、自分の行いが小さな彼の心を苦しめていたことに気がつきました。
Ver.3を買わないと「踊り子」に転職できないことに怒りを覚えた私は、抗議の意味も込めて、ヒロくんたちキッズの子たちがVer.3を買える日まで自分も買わないと勝手に決めつけていました。
「寂しい」という漢字も知らない、まだ小さな子供なのに。この子は最後まで自分のことより他人のことを考えて。私は、なんて偽善者だったのか。
私は生まれて初めて、ゲームで泣きました。両親が死んでも涙一粒も流せなかった薄情な自分が。
「さいごにみんなといっぱい遊べたし、おねえちゃんにも会えたから。さいごはここでおわるよ」
「おねえちゃん元気でね。バイバイ!」
そして、ヒロくんは、私のフレンドリストから消えました。
ゲームの中で強い人が勇者じゃない。
勇者は、だれかが困っているときに人知れず現われて、その人を救ったあとに、だれにも知られずに人波の中に埋もれて消えてゆく。
勇者は、自分が勇者であることをだれにも話さない。だから、だれも勇者のことを知っている人はいない。
だけど、私は知っている。
君が、本当の「ゆうしゃ」だったことを。
さよなら、私の小さな「ゆうしゃ」さん。
『あなたに会えてよかった。ありがとう、またね^^』
(ヒロくんが、私の家に残してくれたメッセージより)
…今日、Ver.3を買いました。
それが、昨日DQXを辞めてしまったヒロくんとの「約束」だったから。
※本人の希望と承諾を得て、すべての人に日誌の記事を公開させていただきました。