それにしても。ズィユは今頃恥ずかしがっていた。今まで、あんなふうに話すことはなかったのに、どうして。酔いのせいかもしれないが、感情的になりすぎたきらいがある。おかげで、隠していた胸の内が広まってしまった。いずれ、戦士団の噂好きな少年達からは、これをねたに”ちょされ”ることになるだろう……。
今後を案じて、深く、ズィユはため息をついた。そのため、うしろから近づく人の気配に、彼女は全く気付かなかった。
「秘密もいいが、あんまり隠し立てするのも、身体によくないぞ」
隣に立ったのはアスキスであった。手頃な位置だったからか、彼女はズィユの頭に手をのせ、ぽんと軽く叩くと、そのままパープル・オーロラのショートボブを撫でた。
ズィユは返事をしなかった。アスキスは続けた。
「私もな、キミみたいに悩んだことがあったよ」
ズィユは振り向き、アスキスを見た。彼女の表情は、さっき自分がフォステイルについて語ったときと、同じように見えた。団ではなかば公然の秘密となっていたが、自分の心の奥を、アスキスはつぶさに語ってくれた。一目惚れしっぱなしのズィユとは縁も所縁も雲泥の違いではあったが、相手の種族が異なることだけは、一致していた。そして、それが一番の障害であることも、ふたりはわかっていた。
「なあ、ズィユ、どうしたらいいと思う?」
今度はズィユに対して、アスキスは問うた。ズィユには、しかし、その問いには答えをすでに出していた。
「なるようにしか、ならないよ」
存外の冷たさに、アスキスは驚いた。ズィユはそれに対して、自身の思いを補足した。
「どんなに好きでも、他人を変えることなんてできないからさ。だから、変わるのは自分」
アスキスがシャクラを師と仰ぐのに似て、ズィユも、ヤクルを経由してはいるものの、フォステイルの意向に従っている自負はあった。そうでもしないと、あのひとの視界にすら入らないかもしれないから。
「では、もし、それが報われなかったら?」
アスキスの疑問は鋭かった。ズィユは正直に答えた。
「ボクは、それを考えるのが怖い」
ズィユはアスキスの手を頭にのせたまま、彼女に顔を寄せた。薄着越しのアスキスの身体は、夜風を浴びたためか、ひんやりと心地よかった。彼女は手を下ろすと、ズィユのまだ熱い頬を撫でた。
「――私もだ」
そう。軽く相槌を返し、ズィユは頷いた。
「だから、ボクは考えないようにしてる。……でも」
アスキスの反応を待たず、彼女は続けた。
「副団長がそれをできないことも、ボクは知ってる。だからいまは、それに付き合うよ」
自分からこう言い出したことに、ズィユ自身、驚いていた。そもそも戦士団に加入した理由は、シャクラの来る者拒まず、去る者追わずの態度を気に入ってのことだった。しかし、いつの間にか、情に絆されてしまったようだった。
それに対して、アスキスはなにも言わなかった。彼女は、体格の差も気にせずズィユをかきいだくと、耳元で弱く囁いた。その声は、かすかに震えていた。
「師匠がどこか遠くに行ってしまうんじゃないかって、いつも思ってる。私の手の届かないところに。あのひと、戦いが好きだから」
シャクラについては、似たもの同士のにおいを、ズィユは感じていた。彼は誰の助けも必要とせず、ただひたすら、自分の好きなことに向けて突っ走っていってしまう。たとえその背中で、10年以上の長きにわたり、〈ヴェリタ・ソルレ〉のリーダーとして、延べ何十人ものメンバーを引っ張っていくことはできたとしても、たったひとりの運命にすら真正面から向き合うことができない、臆病者のにおいである。アスキスが、それを感じ取っているのかどうかは、ズィユには、最後までわからなかったけれど。
「大丈夫。団長は遠くには行かないよ。――ボクがそれを許すわけない」
柄にもなく、ズィユはアスキスをなだめた。彼女の思いを受け止めることと、自分自身の思いを受け止めることが、ズィユの中で重なっていた。
「”どんな手を使ってでも”、アスキスは団長を離さないし、ボクはフォステイルさまを振り向かせる……おたがい、それでいいね?」
アスキスの調子は、すっかり普段のものに戻っていた。
「ああ。――そのときにはまた飲もう。約束だ」
陸地から吹く風が、さらに冷たくなっていた。
同い年の、ふたりの少女の交わした約束は、いまだ果たされていなかった。