王室のお茶会等の機会にて馴染みある物であっても、その製法を知っているかどうかはまた別の話。
「こうして作るのね」
アンルシアは感嘆の声をあげ、イルーシャの作業を真剣な眼差しで見守っている。
「大魔王城ではアスバルさんがゼクレスのお店から取り寄せてくれていて。だから実は私も作るのは今日が初めてなの。ヴァレリアさんのスコーンに合わせると思うと、ふふ、ちょっと緊張しちゃうわ」
そうは言いつつも、ボウルの中、分離した油分の固まった薄黄色い上澄みをヘラで掬い上げるイルーシャの御手並みは、随分と堂に入ってみえる。
一見、何の変哲もない日常を切り取った会話の中に、2人も魔王の名前が飛び出しているのだ、この落ち着きも当然といえば当然なのかもしれない。
件のスコーンは、ここ、グランゼドーラ城の広い調理場のテーブル端、華美な彫刻を施されたガラス皿に山と積まれている。
プレーンのほか、ドライクラムベリーの混ぜもの、そして紅茶葉を練り込んだものと、見目も鮮やかな3種の盛り合わせ。
クリームティーならば欠かせぬだろうと、大瓶いっぱいのクラムベリーのジャムまでおまけの至れり尽くせりである。
それもこれも、イルーシャの口添えと、ヴァレリアにとっても縁浅からぬ相手へのサプライズの為という大義名分があってこそだ。
「軍事国家を統率するだけでなく、職人顔負けのお菓子作りの腕前まで……見習わなくちゃなのだわ」
王宮に身を置き、数々の『本物』に触れてきたからこそ、メレアーデにはスコーンの出来栄えが一目でよくわかる。
「こういっては失礼なのですが、正直なところとても意外です」
「ええ、ほんとうに……」
まさにヴァレリアの戦斧に晒されたエステラとアンルシアにとって、驚きは尚の事である。
「……ともかく、急がなくてはね」
いつの日か、正式に和解の席を設けた暁には、教えを請うのも良いかもしれない。
話題の一つとして胸におさめ、アンルシアもまた目の前に居並ぶボウルに向き合う。
うかうかしているうちに、主賓を迎えに出たマユミが帰還してしまっては台無しだ。
脂肪分多めの牛乳を湯煎にかけ、乳脂肪を分離させた後、一晩ゆっくりと冷やし、固まった上澄みだけを摘出する。
それを潰すようにひたすら練り続け、ふんわりとしたテクスチャーになれば、お目当てのクロテッドクリームの完成である。
バターよりもクセがなく、生クリームのように滑らか。
スコーンにこれでもかとたっぷりのクロテッドクリームとジャムを合わせ、紅茶と共に楽しむ。
これを、クリームティーと呼ぶ。
しかし壮観かな、アンルシアにメレアーデ、イルーシャにエステラ。
それぞれに国家の要人たる人物が勢ぞろいで待ち受けるは、一人の占い師である。
かつて彼女らはともに、知の祝祭をめぐるクエストを潜り抜けた。
袖振り合うも多生の縁という。
生死をかけた冒険に共に挑んだとあれば、尚の事である。
再会を誓うも、あの日以来なかなか折り合いがつかぬまま、ようやく今日という日、一同に集うことが叶うのだ。
『ちょうどその日なら、誕生日で占いの館のアルバイトも休みにしている』
日程調整役を買って出たマユミが、その最中でユクから聞き及んだその情報により、本日の女子会は急遽、サプライズパーティーと相成ったのである。
「わっ、わっ、わ~~~っ!?速い!速すぎるってちょっと~っ!?」
「羽が千切れるうっ!!」
乗り手の悲鳴を聞いてか聞かずか、ユクとマユミを乗せたアンルシアの飛竜はあらん限りのスピードでアストルティアの蒼天を駆ける。
紙のリボンにメッセージボード、そしてクリームティーの用意。
心尽くしのお祝いの準備が整ったグランゼドーラ城、その西の塔の扉がけたたましい音とともに突き破られるのは、もう間もなくのことである。
~Happy Birthday~