扉が開くと、緊張の糸が抜け落ちた空気を、風がさらりと流していった。
プレシアンナが去り、入れ替わりにラスタの元へやってきたのは、クリスレイだった。
隣には、支えるようにして付き添うリルリラの姿がある。
瞳はまだ涙の色が抜けていないが、後輩の前で情けない姿は見せないという、せめてもの意地だろうか。口元には、無理が見え見えの作り笑いを浮かべでいた。
「あんたには負けたわ。ラスタ」
ことさらにさばさばとした口調で彼女はそう言った。
「でも、これで調子に乗っちゃダメよ。上手くいってる時が一番危ないのがこの世界だから」
「わかってるわ、クリス先輩」
「もちろん、アタイだってこのままじゃ引き下がらないわよ。いずれリベンジしてやるんだから」
バン、と人差し指を突きつける。寄り添うリルリラがぎゅっと拳を握り、ラスタは強くうなずいた。
「よく言ったわ、クリスレイ」
パチパチ、といつかも聞いた拍手の音。サルバリータ女史である。
「挫折を知った役者は大きく成長する。あなたはまだまだ伸びるわよ」
「はい、先生!」
愛弟子の肩に手を置くサルバリータ。その茶番を、私は複雑な気持ちで見つめていた。
私の前で、サルバリータはこう言っていた。クリスレイはもう無理だ、と。
努力だけでは越えられない壁がある。ここから先は真に才能のある者だけが歩める世界なのだ、と。
芸の世界は厳しい。彼女の言葉は非情だが、真実なのだろう。
だが、ならば何故、身を引けと言わないのか。
彼女は未だ、いけしゃあしゃあとあんな言葉をかけてクリスレイをこの世界に留まらせている。
それがもし、本当に若手の踏み台にするためだけだとしたら……
「あら怖い顔」
私の視線に気づき、クスリとサルバリータは笑った。その笑顔の方がずっと怖い。
「これは地顔です」
しかめっ面のまま、私は目をそらした。サルバリータは小さな、しかし深い溜息と共に、ぽつりと呟いた。
「この世界、地顔で歩いて行けるほど甘くないんだけどね……」
「……次の舞台では仮面でもかぶりましょうか、雇い主殿」
顔を見ずに、私は言った。
「それ、いいわね」
サルバリータもまた、私の方を見ないまま、軽く笑った。