「何があったの!?」
ダンスルームに駆け込んでくる影があった。サルバリータだ。騒ぎを聞きつけたのだろう。
部屋に入り、一目で状況を把握すると、流石の彼女も絶句した。
「なんて……なんてこと……」
立ち尽くすその姿に、プレシアンナは冷笑を浮かべた。サルバリータが涙ながらにクリスレイの名を叫ぶと、それはあからさまな嘲笑へと変わった。
「とっくに錆びついたと思ってたけど、名演技ね、おばさん」
腰に手を当て、見下した瞳で彼女をみつめる。
「知ってるわよ。あなたがとっくにその子を見限ってること。本当は厄介払いができて嬉しいんじゃないの?」
クリスレイの肩が震えた。それが苦痛によるものか、言葉によるものか、定かではない。
治療を続けるリルリラと、二人に駆け寄ったラスターシャも一瞬、動揺の色を見せた。
そしてサルバリータは、ぴくりとも動かなかった。
「それとも本当に悲しんでるのかしら。若手へのかませ犬としては使えるものねえ。便利な道具が壊されて悔しい?」
サルバリータは、ゆっくりとプレシアンナに振り向いた。表情は、見えなかった。
「何かしら、その目。おお怖い」
大袈裟な仕草でプレシアンナは挑発する。
「昔は優しかったのにね。新人だった私に、いいライバルになれる、なんて言ってさ。素敵な先輩だって思ってたわ。本当よ?」
トップスターはクスリと笑う。
「ま、あなたは私の才能に嫉妬して、勝手に自滅していったけどね」
そして彼女はクリスレイを一顧だにせず、その傍にいたラスターシャに歩み寄った。
「あなたは違うわよね、ラスタ」
プレシアンナはラスターシャの肩に手をかけ、熱にうかされたような瞳で彼女を見つめた。その瞳が徐々に近づいていく。
「私の舞についてこられるのはあなただけ。ルシャン役、期待してるのよ?」
「馴れ馴れしく呼ばないで」
ぱしんと、その手を振りほどき、ラスターシャはクリスレイの看護に戻った。
「怖~い」
肩をすくめ、稽古場を去るプレシアンナと入れ違いに、誰かが呼んだ治療院の医師たちがかけ込んで来た。リルリラが彼らに指示を飛ばし、応急処置を続ける。
サルバリータは、ただ立ち尽くしていた。
その日の稽古は、中止になった。