互いに剣を構えたまま、ルシャンとエリシアは静止する。ラスターシャとプレシアンナもまた、互いを見つめ合ったまま、動かなかった。
楽団の奏でる調べが、耽美なメロディの中に緊張感を漲らせ、剣士たちの静寂を彩る。
今、プレシアンナの胸中に飛来する思いは、何であろうか。
敗北感、屈辱、羞恥。だが同時に彼女は一流の役者である。観客の反応に、確かな手ごたえをつかんでいるはずだった。
そして今、舞台を成り立たせるために何が必要かも、理解したはずだ。
問題は、それを受け入れる度量が彼女にあるかどうかである。
剣舞は続く。再びラスタが剣を振るう。私はプレシアンナのステップに注目した。祈るような瞳を、サルバリータもその足元に注いでいた。
剣閃。
低く、サルバリータは跳んだ。
本来の高さよりも、低い。
ラスタが少しでも手元を狂わせれば、ただではすまないはずだ。
だが、迷いなく彼女は踊る。
ショウ・マスト・ゴー・オン。彼女も一人のプロフェッショナルだった。
私は舞台の成功を確信した。
舞踏魔はもういない。舞台の上に照らし出された役者達は、二人で一つの芸術作品だった。
ピンクのシルクハットが客席で、深く頷くのが見えた。
「ラスタはあの一瞬で、ここまで計算を……?」
「計算してできることじゃないわ。あの子が感情と感性のままに導いた答え。それが舞台そのものになった」
サルバリータは、白旗を上げた表情で苦笑した。
「まさに怪物ね」
モンスターゾーン。サルバリータともプレシアンナとも違うやり方で、彼女は辿り着いた。
今日のショーは忘れられなくなる……プレシアンナの予言は、どうやら当たりそうである。
剣舞のシーンが無事終わると、楽屋裏は大騒ぎだった。
スタッフがプレシアンナを取り囲み、リルリラもそれに加わろうと駆け付けた。
だが、プレシアンナは厳しくそれを制した。
「何をしているの。妖精の出番でしょ」
「でも、治癒の呪文は……」
「行きなさい。私たちが繋いだ舞台を台無しにするつもり?」
プレシアンナは首を振り、力強い視線で妖精を睨みつけた。
私たち、か。
「戦士はただ1回の戦いで見違えるほどに成長することがあると言うが……役者も同じなのかもしれんな」
私は彼女の隣にしゃがみ込み、杖を足に当てた。リルリラには遠く及ばないが、治療の杖ならば私にも心得がある。痛み止めぐらいにはなるはずだ。
「魔法戦士らしい無骨な例えね」
「憎まれ口がきけるなら、大事無さそうだな」
私はリルリラに頷きかける。彼女は舞台へと駆けて行った。
楽屋を出る瞬間、誰かとすれ違った彼女は驚いた顔を見せた。
医療班が到着したのだろうか?
「やっぱり、こんなことになってたんだ」
聞き慣れた声に振り返る。現れたのは、医者ではなかった。
「おかしいと思ったんだ。台本と違うし」
どこかあか抜けない顔をしたその女は、杖をつきながらプレシアンナの傍まで近づくと、患部を覗き込んだ。
「かなり悪くしてるね」
「私を笑いに来たの? クリス」
クリスレイは溜息をついた。
観客として舞台を見守っていた彼女は、アクシデントの予感に居てもたってもいられず、楽屋までやってきたというわけだ。
プレシアンナは不機嫌そうにそっぽを向いた。
その鼻先に、クリスは懐から取り出したものを突きつける。
「これ、使いなよ。アタイのはまた後で取り寄せるから」
彼女が差し出したのは、カイユの葉。踊り子たちの秘薬である。
プレシアンナは歯噛みした。怒りと屈辱に、整った鼻筋が赤黒く染まる。
「貴女みたいな三流に情けをかけられて……」
「ショウ・マスト・ゴー・オン」
きっぱりとクリスレイは言った。
「アタイだってアンタなんか助けたくないけど、アンタだけの舞台じゃないしね」
しっとりと水に濡らした葉を、プレシアンナの白い脚にあてる。捻挫程度ならば、たちどころに快癒するというとっておきの秘薬である。
プレシアンナは、もう何も言わなかった。
クリスレイは……目の前の女にダンサーとしての命を傷つけられた女は、今はただ懸命に、その仇の傷を癒していた。
ショウ・マスト・ゴー・オン、か。
どうやら、私はやはり脇役だったらしい。
プレシアンナの瞳が濡れたような色に染まったのが、ちらりと見えた。