冷たい色をした海の水が、太陽の光を静かに跳ね返す。冬の海。波しぶきに誰もが肌を震わせる光景だ。
その波間に漂う、巨大な貝殻がある。
陽光を照り返す白亜の城。波模様を描く城壁。優美にして絢爛。穏やかなウェナの海に浮かぶ海上都市、ヴェリナード。
ここは女王陛下のお膝元。恵みを受けた聖水が絶え間なく水路を流れる水の王国だ。
そのヴェリナードの街に、冬の寒気を吹き飛ばす巨大な熱波が訪れていた。
まだ昼間だというのに、大衆酒場に大勢の若者が押しかける。
散歩をするケーモス老人が辟易とした表情でその顔ぶれを振りかえった。喧噪。気品あふれるヴェリナードの街には似つかわしくない熱気と興奮。
だが、彼らはただの酔客ではない。
精悍な顔つき、逞しい腕。あるいは知性と魔性に輝く瞳。
食器の代わりに武器を携え、酔うは勝利の美酒。喰らうは戦いの血肉。
アイマスクで素顔を隠した"総帥"の元に集う冒険者たち。
彼らこそはこの地に本部を置く精鋭部隊、アストルティア防衛軍の志願兵たちである。
私の名は記録員M。
防衛軍の末端で働くしがない一隊員である。今日も今日とて戦士たちの血と汗を無機質な数字に変換する作業が続く。彼らの働きを正しく数値化し、正当に評価することが我々の仕事である。
間違いの許されないシビアな仕事だ。特に与える報酬を間違えようものなら、志願兵たちの逞しい腕が我々の方に振り下ろされかねない。実にシビアな仕事である。
何しろ冒険者達が一致団結した時の力といったら、我々各国の代表兵を上回ることさえあるのだから。
アストルティア防衛軍は、アストルティア各地を襲う謎の魔物たちに対抗すべく、ヴェリナードを中心に組織された新しい戦闘部隊である。
当初は各国の騎士団、軍隊に呼びかけ、精兵を集めて結成されたのだが、どの国も戦力をこの事業だけに集中することはできず、圧倒的に数が足りなかった。
そこで総帥Mが発動したのが通称"群狼作戦"。どの勢力にも属さず各地を流離う一匹狼の冒険者たちをこの地に引き寄せ、強固な軍団を結成しようという作戦である。狼をおびき寄せる餌は最新式の武器と盾、防衛軍における地位と名誉。そして新しい戦いそのものだ。
お約束の通り、各国騎士団の反発は少なくなかった。誉れ高き精鋭部隊の戦力が、流れの冒険者に及ばないと宣言するようなものだからだ。
だが、総帥は断固として作戦を推し進めた。問答をする間にも各地には魔物の軍団が押し寄せている。差し迫った危機を前に、誇り高い騎士達も最終的には名より実を取ったようである。
防衛軍の立ち上がりは順調と言えた。腕自慢の冒険者たちが日夜ヴェリナードを訪れ、街には活気があふれている。
活気がありすぎるおかげで治安維持を担当する衛士団の連中は仕事が増えて、愚痴をこぼしているほどである。
ま、我々魔法戦士もこうして下働きをしているのだ。彼らにも働いてもらうとしよう。
さて、順調なのは良いことだが、ここで満足するわけにはいかない。
防衛軍の戦いは見知らぬ冒険者との同盟戦、敵も強大だ。そこに敷居の高さを感じ、尻込みしている冒険者も少なくないと聞く。
「そこで貴公には特別任務に就いてもらう」
と、副団……もとい報酬交換員Y氏は宣言した。
戦場にて冒険者たちの戦いぶりを直接記録し、それを大衆向けの読み物としてレポートせよ。
要するに、防衛軍の生の姿をお届けすることで、防衛軍参加をためらっている冒険者達に興味を持ってもらおうというわけである。
「そういえば、副……Y殿も妙なコミックに出演を……」
「その件については一切の回答を拒否する」
Y氏はつっけんどんに目をそらすのであった。
さて、そういうわけで私も戦場記録員として同盟に参加することとなった。
改めて酒場を見渡してみると、参加をためらう冒険者の気持ちも分かる気がする。誰もが戦場を知り尽くした熟練の戦士に見えた。それに引き換えここでの私は一介の新兵、いやさそれ未満の見習い兵士である。
ごくりとつばを飲み込む。
ベテラン冒険者たちの脚を引っ張らぬよう、せいぜい務めるとしよう。