ここは…
凍てつく気配の支配する、悲しみの地。
幸せを知らずに育った子供たちが、幸せを知らずに消える場所。
「ねえ、お姉さま」
世界の中枢エテーネ王国では危険魔法生物開発事件、海洋国家リンジャハルでは崩壊事故。
世界は混乱に満ち始めていた。
「何」
ここはグランゼドーラ王国城下町のスラム。
この曇天の日、新たにスラムの淀んだ空気を吸う三人の幼子たちがいた。
住人は沸き立つ。
その幼子たちは、王侯貴族の娘であったのだ。生まれながらに魔力が強く、周囲から恨まれ妬まれ嫌われて、果てにはこうして捨てられた。
泣きながら「ここで少し待っててね」と言う母親と「三匹の恥さらしが」と呟く父親を彼女たちははっきりと覚えていた。
実際のところ、いい見物だったのである。
「だぁれも、たすけてくれないんだね…」
一番年下と思しき黒髪の少女がぼんやりとそう言った。
彼女たちの目に光は宿っていない。
「当たり前じゃない。誰が進んで楽しみを奪うと言うの?」
言い返したのは銀髪の少女。
伸びかけの髪はあちこち切り刻まれている。
「私たち…どうなるのかしら…?」
弱々しい声。アメジストの瞳の少女だ。
誰も答えはしない。
「これからどうやって食べていけば…。収入は? 家は?
第一ここで、私たちは安全に暮らすことができるのかしら…?」
自分で言っておきながら、思わず身震いした。
何もかもなくした少女たち。
少女たちはーー
そうして、二年の歳月が過ぎる。
「ーー「世界の半分をお前に売ってやろう…なんと4000G!」「やっすーい!」しかしラルアルは叫びます。「俺、勇者なんだけどな!」「魔界宮殿ってトコの姫主に頼めば魔族にしてくれるぞよ」
そうして勇者は魔族となり、世界を魔王と治めましたとさ。おーしーまいっ」
冬の終わりのある日のこと。
彼女たちは、読書をしていた。
「ありがとう(黒髪の少女)。…それにしても、本なんてよく手に入ったものね」
「そうよねぇ、ここでは貴重品だもの。あと少しで燃やされるところだったのよね」
ありがとね、と優しく(黒髪の少女)の頭を撫でる。
「ううん、ゆずってくれたんだもん」
そう言うが、それが嘘だということを(アメジストの瞳の少女)は知っていた。
スラムには自分たちに優しくする者はいない。彼らから貰うものといったら、怒号や罵倒、暴力や理不尽や差別ばかりだ。
妹の背中のいくつものアザが痛々しく見える。
自分たちのために盗ってきてくれたのだと思うと、胸が苦しくなる。
「あら?」
本をめくっていた(銀髪の少女)が何かを見つけたようだ。
「…古代魔界文字ね。読めそうだわ。
【魔界宮殿は時の狭間の魔界に存在せし。魔族と成ることを望むのならば、…言の葉によりて、ここに光闇を再編し、我を召喚せよ】…?」
三人の空気が変わった。
直感する、ーーこれは姫主からのメッセージだ。
「…最初はこんなのなかったわ。
つまり私たちは、姫主様に選ばれた…?」
息を飲んだ。
(銀髪の少女)はたっぷりの時間をかけて口を開いた。
「なりましょう。
姫主様を召喚して、魔族になるのよ。
そうすれば、…ッこんなクズみたいな世界と、おさらばできる!!」
その瞬間、頭を強い衝撃が襲った。
あまりの痛さに意識が薄れて行く。
どこか遠くで、姉妹の悲鳴を聞いた。
少女たちはーー
(銀髪の少女)の意識は、完全に事切れた。
月が上っている。
キラーパンサーの遠吠えが聞こえた。
(アメジストの瞳の少女)は月に話しかけているようだ。
「ねえ、お月様?
ひどいのよ、またスラムの住人に殺されるところだったの。私たちは魔界の話をしていただけだわ。そうしたら、みんなで襲いかかってきたのよ」
一番重傷なのが(銀髪の少女)で、(アメジストの瞳の少女)が有り金全てを差し出し土下座をして許しを乞うまで殴られ続けた。
今はスラムのはずれで、なけなしのベッドに意識のない二人を寝かせている。
「…意識が切れる前、妹が言っていたの」
わたし、わたしも…魔族になりたい
こんな世界、生きたくない
「幼い頃から魔物と呼ばれ、この下級階層でも蔑まれる。
この二年間で分かったのよ。「人から認められなかったら、人じゃない」んだって。
何度も死にたいと思ったわ。
人として扱われたことなんてほとんどない。
それでも生きなきゃいけないのならーー」
祈る。
「私も、魔族になりたい」
少女たちはーー
夜が消えていった。