■○月○日 晴れ
文明から遠ざかっているいまの私の食糧事情は、実のところそんなに悪くない。
野生の動植物を摂食する際に注意する点として“毒”の問題がある。
この島にあるような未知の食材に手を出すときは人体への影響を確認しながら
食べられるかどうかを判断する必要があるが、ドワ子がいれば話は変わってくる。
怪しい食材でもドワ子に食べてもらえば食用可能か一発で確かめられるのだ。
仮に毒があったとしてもすぐに回復するので問題ない。
試していくうちに彼女たちの中には稀に胃の頑丈なタイプのドワ子が
存在していることが分かった。
こうしたサバイバルでは最も重宝するドワ子たちの内の一人といえるだろう。
そして私の食生活を劇的に変えたのがこのドワ子だ。
あまり見たことのない民族衣装のような服を着ている。
彼女は水を出すこともできなければ、特別に胃が丈夫なわけでもない。
ではどんな特徴があるのか。
驚くなかれ、このドワ子は私たちの主食、“パン”を作ることができるのだ。
当初は着飾ることだけに特化したドワ子だと思っていたが、
その評価は良い意味で裏切られた。あれはちょうどお昼時のことだった。
私が満足に食事を取れずお腹を空かせていると、
それを見た彼女がごそごそと作業を始めたのだ。
木製の大きな器の中でパン生地のようなものを一生懸命に捏ねている。
材料はどこから持ってきたのか。謎は深まるばかりだが……
しばらくして調理が完了したのか白い生地を私に差し出してきた。
調理といってもただ捏ねていただけにしか見えなかったが、
ドワ子は得意げな顔をしている。
このパンのようなものは焼かずにこのまま食べるのだろうか。
勧められるままに口にした私はまずその食感に衝撃を受けた。
今までに経験したことの無い弾力。恐ろしく歯切れが悪い。
そしてチーズのように生地が伸びる伸びる。
苦労してパンを噛み切った私は咀嚼を続け、ほとんど味がしないことにまた驚いた。
穀物の素朴な風味はあるがほぼ無味無臭。決してマズくはない。
何にせよ普通の無人島では絶対に手に入らないであろう貴重な炭水化物だ。
この生活における重要なエネルギー源となるだろう。
私はこの奇妙な食べ物を“ドワ子パン”と名付けた。
■△月○日 晴れ
プクリポとは贅沢なもので、食糧や水の問題が解決して当面の危機が去ると、
ふとした瞬間に望郷の念が込み上げてくるようになった。
近寄ってきたドワ子たちが、黄昏ている私を真似しようとして
物憂げな表情を作っているのが何ともおかしい。
私は彼女たちに船に乗って故郷に帰りたいということを
地面に書いた絵や身振り手振りで説明した。
果たして本当に理解しているのか、ふんふんと頷いていた絨毯ドワ子が
私に任せろとばかりに胸を叩いて(揺れなかった)どこかに走り去っていった。
さすがのドワ子でも船の問題はどうにもならないだろう。
驚天動地だ。無人島生活最大の衝撃が私を襲った。
汽笛の音が聞こえ、慌てて海岸へと走った私が見たのは立派な船だった。
タラップからぞろぞろと降りてきたのは揃いの制服を着たドワ子で、
船は彼女たちの所有物であるらしい。
制服ドワ子もこれまでのドワ子と同様に温厚で友好的だ。
ああ、これで帰ることができるんだ。
ありがとうドワ子。ありがとう絨毯ドワ子。
君は私にとってペルシア帝国の絨毯よりも価値があった。
プクリポの生息圏まで送ってもらった私は無事に帰国することができた。
礼をするためにもドワ子たちには私の商会の本店まで来てほしかったが
彼女たちはすぐさま島へと取って返し、霞の如く消えてしまった。
以上が私ゴロビンソン・プクルーソーの体験した漂流記録だ。
全てを嘘偽りなく記した。どうにも私の話を信じてくれる人がいないようなので、
ここに日記としてまとめておく。
後世において、私の良き隣人、恩人であったドワ子の研究の礎となれば幸いである。
(終わり)