秋風の木枯らしが吹き、落ち葉が風に舞う。
ここは、麦畑の先を進んだ樹海の奥深く。
先程までは軽快に走っていた馬達が
急に立ち止まり、この先に進もうとしない。
それも、そのはず。
今までの秋空とは一変、紫の靄(もや)が立ち込める
禍々しい森が姿を現したのだ。
危険を感じているのだろう。無理もない。
「仕方がない。この先は徒歩で進むしかないな」
馬から降り手綱を木に縛ると、シャルドネは
紫の靄をものともせず、薄暗い森の中に進んだ。
ヤースも警戒しながら、その後に続いて行く。
「うわぁ・・・改めて見ると、やっぱ異様だな。
何でアイツら平気で入って行けるんだ?」
「何だ?ジジ。ここまで来て怖気付いたのか?」
「っんな訳無いだろ!?い、行くぞ!」
ヨッシ~とジジも、二人を追いかけ森へ入った。
まだ朝だと言うのに、この森は暗くて湿っぽい。
カビ臭いと言うのか、死臭にも似た
何とも言えない陰気臭さが漂っている。
あまり長居はしたく無い場所である。
靄を吸い込まない様に、口に布を当てながら進む。
暫く進んだ所で、シャルドネが立ち止まった。
「どうかしたのか?」
「しっ、・・・何か、いる」
一気に緊張が走った。
それぞれ剣や杖を握る手に力を込める。
魔物か、それとも魔女がいると言うのか。
腕を伸ばした先がもう見えない程の靄だ。
不意打ちでもされたら、避けられる気がしない。
『シャル。私に任せて!』
シャルドネの鞄に隠れていたどんぐりが飛び出して
スケート選手の様にクルクルと踊り出した。
すると、滞っていた空気が揺らめき、次第に
渦を描いて台風の目の如くブワッと広がった。
先程まで立ち込めていた靄が吹き飛ばされ
視界が広がり、辺りがさらけ出された。
「おお!?今のどうやったのー!」
「えぇっと・・・」
ヨッシ~が歓喜の声を上げて喜んでいる。
シャルドネもどんぐりにこんな力があるとは
知らなかった上に、妖精の姿が見えない彼らに
どう説明すれば良いか戸惑っていた。
当の本人どんぐりは、エッヘンと威張っている。
「風の妖精か」
頭の上から聞き慣れない声がして、全員振り向く。
枯れ木の上には、二つの影。
一見人のように見えたが、背中に生えた羽根と
光る眼が違うモノであることを物語っている。
悪魔だ。
先程シャルドネが感じ取った気配は彼らだった。
一人は腕を組んで、細い枝に器用に仁王立ちをした
蒼い瞳に短い金髪の悪魔の羽根を生やした少年。
もう一人は枝に座り、烏の様な黒い羽根を携えた
紅い瞳に同じく金色長髪の男。この男が口を開く。
「君がシャルドネだね。会いたかったよ」
「シャルドネって、グランゼリア王国の王子!?」
ヨッシ~とジジは驚きっぱなしで、動揺している。
紅い瞳の悪魔が、ふわっと上から降りて来た。
黒い羽根がひらりひらりと辺りを漂う。
ヤースが前線に出て、剣を構えた。
どんぐりは急いでシャルドネの鞄に逃げ込む。
「手合わせ願おう」
紅眼の悪魔は物々しい大振りの両手剣を
背にしていたが武器には手をつけず素手で構えた。
「・・・なめやがって!」
先手必勝!ヤースが走り込み男に斬りつける。
「!?」
体重を乗せて切りつけたというのに、なんと
紅眼の悪魔は片手で剣の刃を受け止めていたのだ。
掴まれた剣はビクともしない。
ヤースは間近で紅い瞳に見下ろされ恐怖を感じた。
「じゃあ、俺も」
暗闇の中、バサァッと大きく羽根を広げ
蒼眼の悪魔もシャルドネの前に舞い降りて来た。
ヤース達のやり取りを前にして
シャルドネ達は本能的に後ずさってしまう。
「お手並み拝見!」
着地と共に間髪入れず、突っ込んでくる蒼い眼光の
剣を何とか受け流すが、シャルドネの剣が吹き飛び
毒気に侵された紫色の樹木に突き刺さる。
衝突した時の衝撃で身体が痺れ、膝をついていた。
「はっきり言って、お前達は弱い。
そんなんで俺達とやり合うつもりだったのか?」
蒼い瞳の悪魔が、ため息混じりに吐き捨てる。
悔しいが明らかな力の差を感じて、何も言えない。
ヤースと対峙していた紅眼の悪魔も戦いを辞め
体力を消耗した相手をジジの所まで吹き飛ばした。
ヨッシ~と共にヤースを受け止めたジジは
急いで回復魔法の詠唱を始める。
シャルドネは二匹の悪魔に見据えられてしまった。
蒼い瞳の悪魔が、再び仁王立ちで腕を組む。
「強くなる方法を教えてやる」
「はい?」
シャルドネが素っ頓狂な声を発する。
紅い瞳の悪魔も、長い髪をかき上げながら
しどろもどろに切り出した。
「俺達は仲間というわけじゃないが・・・実は
君にプロメテウスを止めてもらいたいんだ」
二匹の悪魔から発せられた信じられない言葉を
理解するまでに時間がかかったのは言うまでもない。