旅行前日の夜だというのに眠れない。シュピのせいだ。
今日は早めに布団に入ったのは良いが、興奮のせいか、やたらと話しかけてきたり、ちょっかいを出してくる。
あまりにしつこいので、どやしてやろうと布団をめくったら、既に夢の中へと旅立っていた。
最後のほうは寝ぼけながら悪戯をしていたらしい。なんてやつだ、と私はため息をつきながら、シュピの布団をそっと戻した。
すっかり目が冴えてしまった。日記を書いてるうちに眠くなってくれればと思う。
この前の回想の続きだ。
富豪の話の後、討伐志願者達はシュピに誘導され、宿舎に通された。
こちらも予想通り、お世辞にもお客様向けとは言えない部屋だった。個室だったのは有難かったが。
シュピの丁寧な応対と、実際の待遇がえらくかけ離れているのがどこか奇妙で、可笑しかったのを覚えている。
仕事は明日からで、今日はもう何もすることが無い。夕食を食べて、寝るだけだ。
私はとりあえず荷物をおろし、粗末なベッドに寝転がった。
「シュピ・・・あの子、ここに勤めてたんだな。」
ぽつりと呟く。無事コンシェルジュの資格を取って、富豪の元へ配属されてきたのだろう。彼女は夢を叶えたのだ。
だが、私はどこか苛立ちを覚えていた。やっと叶えた夢が、あんな男に使役される事だなんて。
コンシェルジュは普通の職業よりも使役関係が濃く現れるから、仕方の無い事なのかもしれない。
そしてそれはシュピが選んだ道だ。あの富豪だってシュピの事を大切にしているのかもしれない。他はもっとひどいのかもしれない。
私は何も事情は知らない。けれど、私の大切な何かが壊されたようで、どうも気分が悪かった。
…と。ふと、何で幼馴染とはいえ話したことも無い赤の他人の事を気にしなければならないんだと、冷静になる。
考えても仕方ないので、私は夕食まで眠ることにした。
コンコンと、居室のドアを叩く音で目が覚めた。
「御夕食をお持ちいたしました。失礼してもよろしいでしょうか。」
あの声は、もしや。
私は緊張しながら、そっとドアを開けた。
「…失礼いたします。」
「あ、はい。どうぞ。」
ぎこちない返事でシュピを部屋に入れる。
「テーブルの上にお食事を置いておきますので、ごゆっくりお召し上がりくださいね。」
「あ、どうもすみません。」
目を合わさずに言う。こういう時はどうも、癖で謝ってしまう。
イスに座り、食事をはじめるふりをしながら、早く退室してくれることを祈った。
しかしその時だった。
「あの…ジュセさんですよね?」