長い苦しみから解放され、ようやくシュピさんは意識を取り戻しました。
いえ、"それ"はもうシュピさんではありませんでした。
同時に生まれ落ちた一匹の魔物は、初めての獲物を視界に捉えました。
やつれていて美味しくは無さそうですが、大した抵抗は出来なさそうでした。
魔物は勢いよく獲物の腕に食らい付きました。
しかし、頭の中で何者かの声が邪魔をして思うように力が出せません。
力を緩めた一瞬の隙を突かれて獲物に逆に抑え込まれ、別の部屋に隔離されてしまいました。
頭の中の声は、そこから出ようと暴れているうちに徐々に聞こえなくなっていきました。
そして最後に残ったのは、食欲だけでした。
魔瘴感染。
ジュセもまたこの時から、シュピさんと同じ道を歩む事になってしまいました。
同じ道、というのは少し語弊があるかもしれません。
何故なら支えてくれる者はおらず、生活も崩壊してしまっていたのですから。
……いえ、そう感じるのは他者の視点だからかもしれません。
ジュセの中には、確かにシュピさんが生きていました。
理性が段々と薄れていく中で、極力これまでと変わらぬ生活をし、日記を付けました。
完全に崩壊してしまうまではきっと、今まで通り幸せだったのでしょう。
ジュセは、二人の日常を守り切ったのでした。
ジュセの最期についてはよく分かっていません。
ハネツキ博士の手紙には、
「家に踏み込んだときは大きな血痕と魔物の死骸が1つしかなかった」
と兵士から報告を受けたと書いていました。
日記の内容から察するに、ジュセは恐らく扉を開けてしまったのでしょう。
そして……。
……。
ああ。
一体何故、あの子が死ななければならなかったのか。
シュピさんを恨んでいるわけではありません。
全てはあの主人と、そして何よりあの子を二度も手放してしまった私が悪いのです。
日記を読むことによって、あの子の心情は理解できました。
しかし私の悲しみは収まるどころか、増すばかりです。
これからこの悲しみをずっと抱えて、生きていかなければならないのです。
あの主人に復讐すれば気は晴れるかと思いましたが、きっとそんなことはありません。
何をやっても、あの子は二度と戻ってこないのですから。
この悲しみを癒すことが出来るのは、ジュセしか居ないのです。
戻ってきて。
一目だけでいい、一言だけでいい。
ちゃんと伝えたいの。
「ごめんなさい」と。