ネクロデア領、デッドリー邸内。
男爵は冥曜石を手に取ると、それをまるで
思い出のつまった映写機を見るかのように
遠く、遠く見つめた。
そしてしばらくして、あらたまって
こちらへと向き直る。
『 どうだろう。ザラターン君。
君が再び我が元を訪れたのも、何かの縁。
私達の心残りに、
ひとつ付き合ってはもらえまいか。
…男爵の提案に、おれは即答できなかった。
腕を組んで、俯く。
これは…
ただ剣を飾ると言うのとは、ワケが違う。
冥曜石には、騎士二人分の想い…
魂が込められているのだ。
( 『勇気のつるぎ』、か。
正直、今のおれには
荷が重すぎる気がする…
でも。
騎士ダイトに引導を渡したのは
他の誰でも無い、おれだ。
今この瞬間に。
男爵達の想い…受け止められないようでは、
おれは二度とパラディンを名乗れはすまい。
決意を眼差しに込めて、おれは顔を上げた。
『 わかりました。
冥曜石の剣…
心して使わせてもらいます。
『 ありがとう。
何、君は気楽に構えてくれればいいのだよ。
では早速、鍛冶場へ向かおう。
必要な段取りはすでに整っている。
そう言うと男爵は、
何故か部屋にあるピアノの前に腰を下ろし、
何となくエレジーを感じる曲を、
流暢に奏で始めた。
行動の意味が理解できず、
目を丸くする我々だったが…
程なく、旋律に呼応したのか、
壁際の本棚がゴゴゴ…と音を立てて動いたのを見て、二度目を丸くした。
『 隠し扉…!?
『 すごっ!
『 わっはっは!
さあ、この先だ。
良ければ君も、相鎚を入れてくれたまえ。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
“ ガン! キィーン!
ガン! キィーン! “
鍛冶場に、熱せられた金属を
小鎚で打ち付ける音が響く。
ナドラダイトとデモニウム、
それと幾つかの素材を混ぜ合わせた合金を
ひたすら鍛錬する作業。
赤々とした地金を真っ直ぐに見据え、
リズム良く鎚を振るいながら、
男爵はおもむろに口を開いた。
『 剣とは所詮、武器。
戦の道具だ。だがね…
そんな剣が呼ぶ“縁(えにし)“も、
私は確かにあると思っているよ。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 時に剣は『縁』を呼び…
剣によって繋がれた縁が、古の昔より
大小、数多の『物語』を紡いできた。
それは君達が、折れた魔剣を携えて
此度、魔界を巡ったように…
きっと今、この時にも。
私達の知らない何処かで、誰かの…
剣を巡る物語が紡がれているのだろう。
『 剣が呼ぶ、縁…ですか…
おれ達の冒険もまた、
剣の呼んだ縁による小さな物語、
と言えるだろうか。
魔王ユシュカに、ナジーン…
ベルトロに、バルディスタの新兵達。
ついでに、リンベリィと門番…
相鎚を振るいながら、おれは復興してゆく
この魔界で出会った人達の顔を、
何となく思い浮かべた。
『 そう、故に私はこう表現する。
剣とは…武器であり…そして。
『 力(ちから)』である、とッ!!
『 力…
『 うむ。だから剣とは、そう。
オシャレでなくては、ね。
“ ガン! キィーン!
ガン! キィーン! “
鍛冶場に、男爵の笑い声と
鋼を打つ力強い律動が響き続ける。
そして…
幾ばくかの時が流れた。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 さあ…完成だ!
手に取ってみたまえ!
屋敷の外へと移動し、
手渡された剣を、鞘から抜き放つ。
黒鋼を鍛え、研ぎ澄まされた黒い刀身。
輝く黄金の柄に、
漆黒をたたえた宝石が佇む。
剣は一回り大振りになった様に見えるが、
グリップを掴むと、
以前と同じように手に馴染んだ。
重さも差して変わらないようだ。
流石は男爵。
『 これが…おれの
新しい『力』…!
おれは、生まれ変わった剣を
天空へと高々と かざした。
~つづく~