仮面の大男と勇者の彼は大広間の中央で激しく攻防を懲り広げている。
第5章 その25
「――小娘よ。こちらへ来い」
ドラゴンの声は、あたしの頭に直接流れ込んできた。
隙を見てあたしは巨竜の石像に近づいた。
「ねぇ! アイツはなんなのッ?」
するとドラゴンはあたしにだけ聞こえるように言葉を響かせる。
「奴は、檻の管理者だ」
「おりの、かんりしゃ?」
「良いか、そもそもここは仮想大陸なのだ」
「かそうたいりく?」
ていうと、誰かが意図的に創り出した大陸ってこと?
「そうだ。勇者が魔王を倒すたびにこの大陸は書き換えられ、新たな魔王が生み出される。そうやって、この大陸では永遠の時が繰り返されているのだ」
「うそ……でしょ、そんなの、ありえないよッ!」 あたしは石像を叩きつけていた。「じゃぁ、あたしは何なの?」
「え、ただの小娘?」
「いや、そうじゃなくて!」
「あ、残念な小娘?」
「ちょーい! 違うでしょ!」
「すまん、すまん」 こほん、とドラゴン咳払いひとつ、「――あたまのおかしい小娘?」
「もぉいいっばッ! 話が進まないでしょぉがぁッ!」
「いや、すまない、まぢで。めんご。てへっ」
「なんなのよぉ、このドラゴンはぁあああッ!」
てへ、じゃないしッ!
あっちでは勇者の彼が仮面の男と激闘繰り広げてるんですケドぉッ? ふざけてる場合じゃないよねッ!
「良いか小娘よ、今から勇者の若者を外大陸へ脱出させるぞ」
「真面目な話に戻るのが急ーぅッ!」
「ワシの魔力を勇者に託す。もはやそれしかない」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」 ……ダメだ、どーしても気になる――、「あたしたち“この大陸にいた人間たち”は、一体なんだっていうのっ?」
後ろのほうで、武器と武器が弾き合う音。魔術の閃光と凄まじい破壊音。怒号と雄叫び。男たちの命を懸けた戦いを背にしても、あたしは……、あたしは自分が何者なのか分からないことのほうが、よっぽど恐怖だった。
ややあって、ドラゴンの重い声がした。
「おぬしらこの大陸の人物は、元々は外大陸に漂う思念エネルギー体だ。ここでの役割のために集られた、幻に過ぎない」
「あ……」
そうか。だからあたしには過去がなかったんだ。
あたし自身が、誰かのかつての記憶そのものだったんだ……。
「だが、いまの勇者に入っている意識だけは特別だ。外大陸で生きていた若者の意識が何故か勇者の身体に乗り移った。やつら檻の管理者たちを食い止めるにはあの若者を外大陸へ戻してやるしかない。ワシの魔力でな」
「でも、そんなことしたら、アンタは?」
「ワシは消えん。ただこの身体を脱いで元の波動体に戻るだけだ」
「アンタ、ドラゴンのくせになんでそんなに色々知ってるの?」
「ワシは――、魔王軍最高幹部にして魔王様直属の作戦参謀長、竜の王ぞ! その実、かつておぬしら種族を創り世界を支配してきた高貴なる一族、遥かなる時の彼方より全てを見届けし波動使い、竜族の末裔なり!」
「ごめん、何言ってるのか、ぜんッぜん意味わかんない」
「うをおおおーい! せっかくワシが格好よくキメたってのにぃ!」
「ふふん、お返しだもんねー、っだ。……でも、なんですごい存在なのに魔王の手下なんてやってたのさ?」
「なぁに、この姿で生きるには魔族の側についていたほうが都合が良かった、それだけだ」
「そうなんだ」
ドラゴンなんて人間から見たら怪物だもんね。あたしも最初はやっつけようとか言ってたし。
「しかしあの日、ワシがかの勇者の若者に敗れた日、ヤツは魔王様に言ったのだ」
「なんて?」
「“ぼくらで世界をはんぶんこだ。ヒトと魔族が暮らせる世界のために”とな……」
「勇者が魔王と、世界を半分こ? あのヒト、そんな事を言ったんだ」
いや、正確には元・勇者の言葉なのか。うん、ややこしい。
「ワシはその言葉に掛けてみようと思ったのだ」
すごいな。一緒に暮らせる世界を創ろうなんてそんな発想、さすが本物の勇者だね。
「よいか、探すのだ」
「探す?」
「――真実を追うものを。勇者に集いし光たちを」
「おっけー。あたしに任せて」
うん、なんかまだよくわかんないけど。まぁ、あたしばかだからさ。
でもあたしにだってひとつだけ出来ることがあるよ。
「あのヒトは――、勇者は絶対あたしが守るから!」
「だが小娘、おぬしら大陸の人間たちは――、」
ドラゴンが何か言おうとしてたけど、もうあたしは走り出していた。
勇者の――、彼のもとへと。
つづく!
※この物語はフィクションです。
交流酒場で「ゆうはん。」と検索すると、これまでのお話が振り返れます。
第一回はコチラから↓
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/183827313689/view/1989548/