「好き」と言うと、多少の語弊があるのですが
提案広場をよく眺めます。
色々な考えを持った人たちの、様々な「提案」がなされている中で、ひとつ引っかかった言葉を見つけてしまいました。
「お金がなくても、楽しみたい」
一文だけを恣意的に抜き出して云々するのは、あまり良くないことではありますし、本来は全文を引用した上で(あるいは参照できるようにリンクした上で)行うべきことなのかもしれませんが…
「この言葉イヤだな」と、思いました。
別に間違ったことを言っているとは思いません。
例えば、「お金がかかること以外の楽しみを見つければ?」という『別案』を提示することはできるでしょうが、この言葉自体を否定できる人は誰もいないと思います。
どんな人にも共感を強いることのできる、隙のない言葉です。
しかし、こう指摘することはできます。
「『お金がなければ、楽しめない』と思っているんですね」と。
言葉を裏返してしまえば、実は自分自身に縛られている姿を見えてきます。
「お金」を「運」「時間」「レベル」「フレンド」…どのような要素に置き換えても良いでしょう。
成立します。
そして、容易に置き換えが可能です。
たとえ「お金」が満たされたとしても、「運」に「レベル」に「フレンド」に置き換わって、不満が解消されることは無いのでしょう。
そんな危うさを感じる言葉です。
この言葉が、もし「お金がなくても、楽しいよ」だったら?
私は、そんな言葉にあこがれます。
言葉には、そんな力があるんです。
(なら、お金があったらつまらないの?)
(ううん。もっと楽しい)