第三章 終わらない生命
長い年月が過ぎた。
その人は、いつしか人間の寿命を超えて生きる存在となっていた。
かつては年齢を重ねていた身体も、あるときから変化しなくなっていた。
いつ、どのようにその力を得たのかは、誰も知らない。
本人がそのことについて語ったという記録も残されていない。
ただ、いくつもの世代が入れ替わっても、その人だけは変わらず、世界を眺め続けていた。
いくつもの国が生まれ、滅びた。
森は焼かれ、やがて新しい木々が育った。
動物は生まれ、食べ、子を残し、死んでいった。
人間も同じだった。
文明は進歩したが、争いはなくならなかった。
ある日、その人は土の上に腰を下ろし、一輪の花を眺めていた。
小さな花だった。
風が吹くたびに茎が揺れ、花びらが静かに動いた。
その花も、やがて枯れる。
枯れた花は土に還り、その成分は別の植物や生物に取り込まれていく。
人間の身体も同じだ。
死ねば分解され、物質は自然界を巡り、いつか新しい生命の一部となる。
けれど、そこに前の生命の記憶はない。
新しく生まれた者は、何も知らないまま、また喜びや恐怖を覚え、欲望を抱いて生き始める。
「同じことの繰り返しなんだねえ」
その人は、静かに呟いた。
もちろん、まったく同じ人生が繰り返されるわけではない。
けれど、生命が生まれ、生き延びようとし、何かを求め、そして死ぬという営みは、途方もなく長い時間、繰り返されてきた。
誰かを救っても、また別の場所で誰かが苦しむ。
戦争が終わっても、いつか別の争いが起こる。
新しい命が生まれれば、そこには新しい喜びと、新しい苦しみが生まれる。
人間は、その循環を断ち切る方法を探し続けてきた。
しかし、その人が眺めてきた長い歴史の中で、生命全体の苦しみが終わる日は一度も訪れなかった。
その人は長い間、考え続けた。
なぜ、苦しみはなくならないのだろう。
なぜ、どれほど文明が発展しても、人間は同じことを繰り返すのだろう。
やがて、一つの結論にたどり着いた。
「生命が存在するから、苦しみが生まれるんだ」
それは、あまりにも単純な答えだった。
生きるために何かを求める。
求めるから、得られないことに苦しむ。
得たものを失うことを恐れ、やがて死を迎える。
そして、新しい生命が生まれると、また同じ営みが始まる。
「ならば、生命が存在する場所そのものをなくしてしまえば……」
その人は、足元の大地を見つめた。
「もう、誰も苦しまなくて済むのかな」
風が吹き、小さな花が揺れた。
その人は立ち上がり、しばらく花を見下ろしていた。
そして、何も言わずにその場を去った。
花は、風の中で揺れ続けていた。

原典
https://x.com/aphrocyan/status/2111649459809681642
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