
第一話 黒煙の鉱山
灰色の雲が、山の稜線を覆っていた。
風に乗って、鉄と硫黄の匂いが流れ込む。
リクとセリアは、崩れかけた石畳の坂道を登っていた
「……まるで鉱山っていうより、傷跡みたいだ」
リクがぼそりと呟く。
鉱山の村・グラムは、かつて鉄と銀で栄えた面影をどこかに置き忘れたように、今は瓦礫と煤にまみれていた。
人気もまばらで、炭鉱夫の家々も戸が閉ざされ、炊事の煙さえ立っていない。
「魔物の噂も納得ですね。気配が……澱んでいます」
セリアの眉が僅かに動く。
風に揺れる黒髪の向こう、村の広場に人だかりができていた。
「……何か集まってる。行ってみよう」
男たちの怒声が、近づくほどに明瞭になる。
「バロム!お前の鍛えた武器は、岩も鉄も砕くって聞いたぞ!」
「魔物が現れたんだよ!骨を纏った、化け物が!」
「普通の武器じゃ歯が立たねぇ!!お前の武器が必要なんだ!!」
怒号が飛ぶ中、群衆の中心に立っていたのは、ドワーフとは思えぬほどの巨躯の男だった。
腕を組み、炎のような銀髪をなびかせている。
異様なほど鍛え上げられたその肉体が、彼の過ごしてきた年月の重さを物語っていた。
「……嫌だと言ったはずだ。武器は打たねぇ。お前らに渡す気もねぇ」
「ふざけるなよバロム!お前の腕があれば、あんな魔物――!」
男が一歩詰め寄る。だが、バロムは動じない。
「武器は作らん。だが、炭を運ぶのも、炉を整えるのも手伝うさ。村の一員としてな……
それが気に食わねぇなら、素手でも何でも勝手に戦え」
静かながら、鋼のように揺るがぬ声音だった。
「俺の打った武器で誰かが死ぬのは、もう沢山なんだよ」
その一言に、場の空気が凍りついた。
誰も何も言えず、群衆は次第に散っていく。
怒鳴っていた者たちも、目を伏せ、拳を握りながら去っていった。
リクとセリアは、そのやり取りを物陰から見ていた。
バロムが立ち去った後、広場には冷たい風が吹き抜けた。
誰も何も言えず、リクとセリアも少し距離を置いてその場に立ち尽くしていた。
「……すごい迫力だったな、あの人。あれがバロム……だよね」
リクが呟くように言うと、セリアは黙って頷いた。
「ええ。鍛冶師というより、まるで戦士のよう。でも、心に深い傷を抱えているように見えました」
その時、先ほど怒鳴っていた男の一人が、まだその場を離れず鍛冶屋の方を睨んでいた。
セリアがそっと近づき、声をかける。
「失礼。あなた、さきほど“骨を纏った魔物”と言っていましたね。それについて、詳しく聞かせていただけませんか?」
男は眉をひそめたが、セリアの真剣な目に何かを感じ取ったのか、しぶしぶ口を開いた。
「……山の奥で、仲間がやられた。骨の鎧みてぇなもんを纏った化け物に。ツノがあって、羽も生えてやがる。あんなもん、普通の魔物じゃねぇ……」
その言葉に、セリアの表情がわずかに硬くなる。
「骨の鎧に角、そして翼……それが本当なら、“骨喰らいの魔王”に仕える眷属である可能性があります」
「魔王……?」
「断定はできませんが……世界を脅かした“骨喰らいの魔王”。その眷属が、この地に現れたとすれば――事態は、想像以上に深刻です」
男は怯えたように後ずさりながらも、ぽつりと呟いた
「……もし、そいつがそんなもんだったら……俺たちじゃどうにもならねぇ……」
セリアはしっかりと男を見据えて言った。
「ですから、私たちが調べます。そして――バロムさんからも、直接話を伺う必要があります」
「バロムに?」
「あなた方の話が事実であれば、バロムさんの鍛えた武器は、村にとってかけがえのない力となるはず。私たちだけでは、この村を守り抜けない可能性があります」
リクも頷く。
「魔王の眷属がこの山に現れたのにはきっと何か理由があるはずだ、僕たちで確かめよう」
セリアは静かに歩き出しながら言った。
「バロムさんの鍛冶場は、村はずれのはずです。――リク、向かいましょう」
二人は煤けた村を抜け、再び歩き出した。
鉱山に巣食う魔物の正体と、バロムの真意を知るために。