第三話 赫翼、空を灼く
鉱山の道は、急峻で険しかった。
崩れかけた木の橋、足元の砕けた岩、吹き下ろす風のうなり。リクとセリアは、互いに言葉少なに足場を確かめながら登っていく。
「……このあたりから、魔物の気配が強まってる」
セリアが立ち止まり、周囲を見渡す。
風がひときわ強く吹き抜けた瞬間、焦げついたような臭気が鼻を刺す。
「火の匂い……いや、これは……雷……?」
その時だった。
空が――裂けた。
「……リク、伏せて!」
セリアの鋭い叫びと同時に、雷鳴が山を揺るがす。
上空から、灼熱の火球が降り注ぎ、岩肌が爆ぜる。火と破片が宙を舞い、赤き焔が天地を焦がした。
そこに降り立ったのは――異形。
漆黒に染まった骨の装甲。血のように赤い翼。
その姿は人の形をしていながら、どこか人ならざる威容を放っていた。
仮面の奥から、爛々と燃える光が睨みを利かせている
「初めましてだな、小さき後継者ども」
その声は、まるで舞台の幕開けを告げる俳優のように美しく、そして傲慢だった。
「我が名は赫翼のルーガ。魔王陛下に仕える翼の楽士にして、災厄の調律者。
さあ――貴様らの“死に様”を、美しく奏でてみせよう」
リクは無言で斧を構え、セリアは一歩前に出て呪文の構えをとる。
「ピオリム!」
風が巻き上がり、二人の身体が軽くなる。
リクが疾風のごとく踏み込んだ。
「蒼天魔斬!」
閃光を纏う斧が、風を裂きながらルーガの下へと飛ぶ。
だが、その刃は空を掴むことなく空振る。
ルーガがふわりと飛翔し、容易くかわしたのだ。
「惜しいな……だがその程度では、我が舞を止めるには足りぬ」
ルーガが両翼を大きく広げた瞬間、空気が震えた。
「――雷光の雨。《焔雷翔舞》!」
空から炎と雷が融合した矢が、無数に降り注ぐ。
セリアがリクを庇い、盾を構えて衝撃をしのぐが、爆発の余波に吹き飛ばされる。
「ぐっ……なんて術……!」
リクは咳き込みながら斧を握り直し、低く問いかけた
「……お前の目的は、なんだ!」
ルーガは愉悦の笑みを滲ませ、翼を広げながら応える
「命を受けてきたのだよ。“震天の槌”を見つけ、破壊すること。そして――“三闘士の後継者”を見つけ、その骸を魔王陛下への献上品とするためにな」
仮面の奥の瞳が、嘲るように輝いた。
「我が舞台はすでに整っていたのだ。貴様ら愚鈍なドワーフどもが震天の槌を探し当てるまで、泳がせていただけ。だがもういい。
ここで幕を引いてしまおう。貴様らの死と共にな」
ルーガが天を指差すと、雷鳴が轟いた。
「踊れ、私の可愛い鳥たちよ……!」
暗雲が渦を巻き、黒い空から次々と現れる飛翔の影。無数のキメラ、ガルーダ、空の魔物たちが翼を広げ、空を覆い尽くす。
「村を焼け。血を浴び、骨を啄め……演舞の幕が、いま上がる!」
魔物たちが一斉に飛翔し、鉱山の麓――村へと飛び立っていく。
「止めなきゃ……でも、あれじゃ……届かない……!」
悔しげにリクが歯を食いしばる。
ルーガの笑い声が響く。
「貴様らの矮小な力では、空を掴むことすら叶うまい!翼を持たぬ者が、空に抗うなど――身の程を弁えぬ道化よ!!」
「……させない!」
セリアが両手を掲げ、冷気の魔力を解き放つ。
「マヒャド!」
凍てつく閃光が天空を裂き、幾体かの魔物が氷塊となって落ちていく。
だが、数が――多すぎた。
「いけ!セリア!」
リクが叫ぶ。
「村を守ってくれ!僕の斧じゃ、あいつには届かない……!」
「でも、あなたを――!」
「……もう、誰も失いたくないんだ!!
だから、君が行け!盾である君にしか守れない!!」
セリアは一瞬、言葉を呑んだ。
その目に宿るのは迷いと、そして――決意。
「……ならば、貴方を守る“盾”として、これを渡すわ!」
「スカラ!ピオリム!フバーハ!マジックバリア!リベホイミ!!」
一気に詠唱を重ね、ありったけの補助魔法をリクに重ねていく。
風と光と祝福が、彼の身を包んだ。
「リク……絶対に死んではダメ!必ず生きて!!」
そう叫んで、セリアは村へ向かって駆け下りていく。
「ふん……つまらん舞台だ。これでは私が踊るに足る観客が足りぬではないか」
ルーガが仮面の奥で嗤った、そのとき。
「この先には行かせない……!」
リクが斧を握りしめ、目を燃やす。
リクは一人、灼かれる空に立ち向かう。
そして村では、あの男が立ちあがろうとしていたーー