第四話 震天、呼び醒まされし刻
山の向こうで、空が赤く染まっていた。
それは夕陽ではなかった。空を焼く焔と、村から昇る煙だった。
「……なんだ、この音は……」
鍛冶場の奥で、バロムは槌を置き、手を止めた。
地鳴りとともに、かすかに悲鳴が混じる。
風が運ぶのは、鉄の焼ける臭いではなく、血と灰の匂い。
ガチャリ。
扉が乱暴に開かれ、ひとりの少年が転がるように飛び込んできた。
顔は煤け、腕には裂傷。震える声で叫ぶ。
「バロムのおじちゃん!!た、助けて……! 村が……!」
バロムは眉をひそめ、少年に駆け寄る。
裂けた服の下、鮮血がにじむ。
「おい……何があった!」
「魔物が……空からいっぱい来て……皆、逃げて……! 母ちゃんが、俺のこと庇って……!」
喉を詰まらせ、少年は泣きながら叫んだ。
「……バロムのおじちゃんの作った鍋、母ちゃん、すごく気に入ってたんだよ! だから、だからっ……!」
「落ち着け、深くはない。すぐに手当てを――」
「違う!! ぼくは武器が欲しいんだ!! お願いだ、バロムのおじちゃん、武器を……!!」
血だらけの手で、少年はバロムの衣を掴んだ。
その目に宿るのは、絶望ではない。必死の、願いだった。
「ぼくは戦えるかわかんない。でも……! 母ちゃんを、村を守りたいんだ!」
バロムの顔が歪む。
「……子供が持つもんじゃねぇ、武器は……人を傷つけるための道具だ。お前みたいな奴に、渡せるか……!」
「だったら!!」
少年が叫ぶ。
「誰かを傷つけるための武器なんか、いらない!!
守るための武器が、欲しいだけなんだ!!」
バロムは言葉を失った。
少年は震える声で、続けた。
「もし……誰かがその武器で誰かを傷つけようとしたら……その時は、バロムのおじちゃんがへし折ってよ!
おじちゃん一人でできないなら、絶対にぼくが手伝うから……!」
その瞬間だった。
あの若き斧の戦士の声が、脳裏に蘇る。
「……それでも、僕は思うんです。
あなたが打った剣は、きっと――誰かを守った。
守ろうとした人が、どこかに、きっといたはずです」
セリアの言葉も、追うように響いた。
「今、村の人々が必要としているのは――強い武器ではなく、“誰かが共に立つ”という意志です」
――ああ。
バロムは、気づいた。
俺は、「誰かを傷つけたくない」から武器を打たなかったんじゃない。
「これ以上、自分が傷つきたくない」から、目を背けていただけだった――と。
力が怖かったのは、自分の弱さを認めるのが怖かったからだ。
奥の間へと歩く。重たい扉を開けると、そこにあったのは――
巨大な、一本の槌。
封じるように布で巻かれたそれは、未だ鈍く輝きを宿していた。
「……よう、久しぶりだな」
布を剥がし、長い間触れられなかった柄を、バロムは静かに握る。
「おい、坊主」
振り返って言ったその目には、確かな決意があった。
「俺は行く。村を守る。だが――お前の言葉、忘れんなよ」
少年が力強く頷いた。
「うん!!」
炎の赤が、空を覆い始めていた。
バロムは槌を肩に担ぎ、走り出す。
風が逆巻き、煙が視界を遮る。焼けた屋根が崩れ落ち、悲鳴が上がる。
(……間に合え)
道すがら、倒れた家の脇から引き上げた村人を安全な場所へ運び、叫ぶ子供を背に担ぎ、駆け続けた。
炎が彼の前に立ちはだかっても、巨大な槌が道を拓く
やがて――村の入り口、炎に包まれた広場にたどり着く。
「てめぇら、覚悟はできてんだろうな……!」
巨大な槌が振り上げられ、地面に叩きつけられた。
「大震断土(ランドインパクト)!!」
轟音とともに、地が裂け、衝撃波が魔物を吹き飛ばす
村人たちが目を見開く中、バロムは叫ぶ。
「立てぇ! ドワーフの意地、見せてやれやぁああ!俺が打った武器だ、遠慮なく振るえ!!」
村人たちが、彼の投げた剣や槍を受け取り、次々と戦列に加わる。
そこに、息を切らしてセリアが駆け込んでくる。
「バロム……!」
「遅ぇよ、嬢ちゃん」
「あなた……武器を」
「てめぇらのおかげで目が覚めたぜ、もう弱っちい自分を守るのはやめだ!!」
そう言ってバロムはあたり見渡す。
「……嬢ちゃん、リクは?」
「鉱山に、まだ一人で……!」
「そうか――なら、俺の出番だな」
バロムは巨大な槌を肩に担ぎ、空を焦がす炎の向こうへと、駆けていった。