
第五話 震天の後継者
天空を裂く赤熱の炎が、山を朱に染め上げる。
雷の咆哮が木々をなぎ倒し、岩を穿つ。
その中心に舞うは、紅き翼の魔将――赫翼のルーガ。地は焼け焦げ、熱に歪み、命の気配すら奪われていた
だが、ルーガの猛攻はまだ止まらない。
その足元に、血と土にまみれながらも、斧を杖に立ち上がろうとするひとりの戦士がいた。
「……くっ……!」
リクは肩で息をし、手のひらが破けたまま斧を握り直す。
セリアの補助魔法はすでに切れていた。
それでも立ち上がるのは、仲間への信頼と、自らの信念のためだった。
けれど――限界は近い。
「もう終わりか、芋虫よ」
空の高みから、ルーガの嘲笑が降り注ぐ。
「地を這い、泥を舐め、何の力も持たぬ下等種族。貴様のような虫けらが、我が舞に追いつけるとでも?」
リクの膝が、がくりと崩れる。
「ふははは、見よ! これが貴様らの希望の成れの果て! この程度では、我が爪の先にも届かぬ!」
炎と雷がその身に宿る。
ルーガが腕を掲げ、災厄の一撃が放たれようとした――その時だった。
「――よくも、言ってくれたな」
低く、重い声が大気を震わせた。
地が鳴った。風がざわめいた。
リクの背後から、ひとつの影が駆け抜ける。
「誰が芋虫だァッ!!」
轟音。
地を叩くその一撃が、炎と雷の奔流を粉砕した。
「バロム……!?」
リクが驚きに顔を上げる。
そこには、銀色の乱れ髪をなびかせ、巨大な槌を肩に担いだあの男が立っていた。
その瞳には、もはや迷いはない。鋼の意志が、まっすぐに空を射抜いていた。
「セリア!」
「ええ!」
セリアがすぐに駆け寄り、リクに手をかざす。
「無理はしないで。癒すわ――ベホマ!」
温かな光がリクを包み、傷がみるみるうちに塞がっていく。
「助かった……けど……バロム、なぜ……」
問いかけるリクに、バロムは苦笑し、槌を肩から下ろした。
「俺は……ずっと、自分が傷つくのが怖かっただけだった。誰かを守るどころか、ただ逃げてただけだ」
静かに語ったあと、目を細めて前を見据える。
「だがな……そのツケは、自分で払う。ここで――終わらせる!」
バロムの足元に風が巻き上がり、槌が銀白の光を帯び始めた。
「槌が……応えてる……」
セリアの瞳が見開かれる。
「まさか……震天の槌……!」
バロムは槌を手に、リクとセリアを振り返る。
「いくぜ、リク、セリア! あのムカつくクソ鳥を叩き落とす!!」
三人が構えを取る。
セリアが呪文を唱え、光が戦場を走った。
「バイキルト!!」
斧が、槌が、戦意を宿し、煌めく。
だが、空の上のルーガは冷笑を崩さなかった。
「愚かなる地上の虫どもよ。空に手を伸ばすなぞ、万年早い!」
紅の翼が羽ばたくと、大気が裂け、雷光が弾けた。
三人は吹き飛ばされるようにして後退する。
「くっ……届かない……!」
リクが苦悶の声を上げる。
その手の斧も、バロムの槌も、空を掴むにはあまりに重い。
だが――
「バロム!!」
セリアの叫びが、届いた。
「あなたの意志が届けば、震天の槌は空すらも打ち砕ける! あなたがそれを望むのなら!」
バロムは、目を閉じた。
これまでの恐れ、後悔、逃げ続けた日々。
だが今、仲間がいる。この手で、守りたい者がいる。
「……今なら、叩ける。どんな高ぇ壁だって、ぶっ壊せる……!」
両手で柄を握り、全身に力を込める。
「うおおおおおおおおッ!!!」
天を睨み、渾身の力で――
「震天轟槌・破天衝ッ!!!」
天を殴るように槌が振り上げられる。
空が――震えた。
天地を揺るがす轟音とともに、衝撃波が稲妻のごとく空へと突き抜ける。
「天が……揺れる、だと……? 馬鹿な! この地上の虫けらが、我が空に……!」
ルーガの目に、初めて恐怖が宿った。
そして、轟く一撃が空の高みに爆ぜた。
紅の翼が砕け、ルーガの体が翻りながら墜ちていく。
「リク、今よ!!」
「うおおおおおッ!!」
リクが跳び上がる。
光を纏った斧が、閃光のごとく振り下ろされた。
「斧無双!!」
無数の光の斬撃が空中で交錯し、ルーガを裂く。
その身体は軌跡の中で弾け、炎とともに爆散した。
――静寂。
炎が消え、雷が止み、空は再び青く澄んだ。
セリアが静かに息を吐く。
「……終わったわ」
リクが地に膝をつく。
その傍に、バロムが歩み寄る。
「バロム……ありがとう。君が来てくれなければ、勝てなかった」
バロムは鼻を鳴らし、わずかに笑った。
「礼を言うのは、こっちの方だぜ。……ようやく叩けたからな。逃げてた自分ごと」
槌を肩に担ぎ、空を見上げる。
その瞳には、もう迷いはなかった。