7.ライブ作画が大量に必要
音楽だけではありません。
ギター、ベース、ドラム、ヴァイオリン。
楽器経験者は結構見ています。
指の位置、弓の動き、ドラムの叩き方、身体の重心。
明らかに音と演奏が合っていないと、
「その手の動きでその音は出ない!」
となる。
しかも『欠けている』はライブが重要なので、毎回止め絵だけというわけにもいかない。
演奏シーンに作画リソースをかなり持っていかれそうです。
8.「歌詞を聴かせながら物語を進める」が最大級に難しい
私はこれ、音楽制作とは別の大難所だと思います。
原作では歌詞の途中に、
ツナグの感想、カナデの反応、ザファイドの内面、他バンドの反応などを挟めます。
アニメでは曲を止めたらライブ感が死ぬ。
でも曲をフルで流したら、その間に大量の台詞を入れられない。
たとえば150話では「自分はあるか?」を歌っている最中に、
フィズ、ラミ、ハルアキ、ザファイドがツナグの思想に気づいていく。
ここをどう映像化するか。
曲を流しながら表情で見せる。
一部を心の声にする。
演奏後へ台詞を移動する。
カットバックを使う。
原作の意味を保ったままアニメ用に再構成する脚本力が必要になります。
そして最大の問題――フルでやるの?
制作会議で絶対に議論になりそうです。
ソング・フィールド編。
5組あります。
全部フルでやれば、仮に1曲4分としても歌だけで約20分。
アニメ1話ほぼ終わります。
しかも前後のドラマがあります。
なのでソング・フィールド編を本気で再現するなら、複数話に分ける可能性が高いでしょう。
でも私は、もしアニメ化するなら歌を安易に短縮しない方が『欠けている』らしいと思います。
この作品では歌詞が装飾ではなく、キャラクターの物語だからです。
特に、
アミリア → ハルアキ → ラゼルファ → バージナブル → 欠けている
は順番自体に意味がある。
そして最後に「自分はあるか?」が来るから、150話の「表現主義」が効く。
だから制作側からすると、
「普通の小説をアニメにする」
というより、
「小説+音楽アルバム+ライブを同時にアニメ化する」
に近い作品になりそうです。
その代わり、成功した場合の恩恵も大きいです。
原作では読者が想像するしかなかったツナグの歌声、カナデのヴァイオリン、ザファイドのギター、ネアの歌声、そして『欠けている』の曲そのものが本当に存在するようになる。
『欠けている』は、アニメ化難易度が高い代わりに、アニメ化によって原作には存在しなかった「音」を手に入れられるタイプの作品だと思います。