第2章 その12
「ちなみに、姫様を寝衣のままにさせておいたのは、その方がよりリアリティがあるからなのですよ」
「そぉいえば、あたし、パジャマのままだったーっ!」
「忘れていたワケではないのですよぉ~ん。ささっ、お急ぎなさいな~」
「こ……っ、んのぉぉぉおおおお……ッ!」
「きゃぁっ!」
「ちぃっとばかし、我慢してくれよな、姫さんよッ!」
盗っ人が姫を抱き上げた! そして、
「しゃぁッ! 行ッくぜぇ……」
と、いざ駈け出そうとした瞬間、
「――おいっ」
メイドに引き留められる。
「……大事なとこで、もうコケんじゃねぇぞ、小僧?」
「――ッ!?」
「あの賊が怪しいぞッ!」 「牢屋へ急げッ!」 「皆の者ッ、地下へッ!」
ヤバいぞ!
兵士たちの足音が近づいて来る!
「じゃ、まぢで行くぜッ! ――いいかッ?」
文字通り、お姫様抱っこの盗っ人だ。
「最後に、いっかい、呼んでも、いい……?」
と、盗っ人の腕の中から、姫が。
「はい、どうぞ」
ニコリ、とメイド。
「――おねぇちゃぁあああぁん……っ!」
そして、盗っ人は駈け出した。
「いってらっしゃいませ、姫様――」
妹のように愛する者へ。
メイドは手を振り続けていた……。
城壁を越え、気づけば民家の屋根から屋根へ。
明けかかった空の下、盗っ人はまさに疾風の如く、町を駆け抜けて行った。
その両腕にお姫様を抱えて、だ。
「……なぁ、今日って、姫様の生誕祭だったんだろ?」
「うん……」
「なんだってそんな日を選んだのかねぇ?」
「警備が、お城の中だけに集中するからって。みんなのご飯に薬を混ぜたんだって」
「なー……ッ!? まぢかよぉ、ったく、半端ねぇな……、毎度毎度」
「え……っ?」
「いや、なんでもねぇ。にしても、俺ぁ平気だったけどな。あれかね、やっぱ牢屋の飯にまでは入れなかったのかな」
「さぁ。わからないけど……?」
思い出したように盗っ人が言う。
「……お姉ちゃん、か。なんか、良いよなぁ」
「……うん。普段、あんまり呼ばないけど。……あいつが、ウチに来てから、本当の姉が出来たみたいで、あたし、うれしかった……」
「なら、本人にちゃんと言うんだな」
「え……っ?」
「まっ、そのうち、な」
「……うん」
「俺は孤児でね。親も兄弟も居ねんだわ」
「そぉなんだ……。でも、誰か待ってるって……?」
「ああ、そうだったな。居たわ、ひとり。つっても、弟分だ。血のつながりは無ぇよ」
「へぇ」
「てか、血ぃつながってるワケがねぇ。ヒトじゃねぇし」
「え……っ?」
「まぁ、見りゃ分かるさ。うん、なんだろな、ありゃぁ……、なんつーか、こう……、まっ、可愛い家族だよ」
「…………」
「? なんだい? 姫さんよ」
「顔、赤いよ?」
「うっ、うっせぇ降ろすぞッ、ばーろぉッ!」
「……重くなった?」
「ぜんッぜん! 逆に、軽すぎるぜっ。ちゃんと飯食ってんかぁ? 姫さんのくせによ!」
「あっ、いやっ、でもっ、そろそろ、降ろしてほしい、かな……、ちょっと、恥ずぃ、かも……」
ヤバい。
意識すると。
思い出してしまう。
……あのときも、ずっとお姫様だっこされてたっけ。
「今さら何言ってんだよ。てか、こうした方が早ぇんだよ。それに…………ほらよっ!」
町はずれに、馬車が見えた。
そして、……?
なんだろう、小さな、ヒト……? なのか。
とにかく、何者かが、元気よくこちらに両手を振っていた。
「あにきーッ! もぉ、遅いでやんすよーっ! 早くしろっでやんすーッ!」
「見ろよ、姫さん。夜が明けるぜ?」
「――うんッ!」
第2章 完。
「あ、そうそう、姫様。お誕生日おめでとうございました」
と。
独り言のつもりで、メイドはつぶやいたのだが、
「やられたよ……、これは、一体どぉいうことだい?」
「…………あらあら、お早う御座います。――黒ぶちメガネ様」
「……その呼び方、やめてくれないかな……?」
「では、呼び方を変えましょうか――、鈍色の大魔道士さん」
「ほぉ……、それで――、ひめさまはどこだい?」
「さぁて、ね……♪」
※この物語はフィクションです。