第3章 その10
「さてさて、行きますか?」
「ふむふむ、そうだな」
ここまで来たら、やることはひとつ。
ここ一帯に呪いを振り撒いているという、その元凶たるモンスターを倒す。それだけだ。
本来ここに到着するまでのステップを、随分すっ飛ばして来てしまった気がするが、この際、まぁ、いいだろう。
やたらとややこしく面倒くさい、悲しいけど、それが冒険らしかった。いや、知らんがな。ならば、多少のズルは許されるだろう。たまにはルール違反も仕方ないんだ、と、錆びたナイフの歌声だって、そう歌ってくれるに違いない。
ちなみに、本来のステップとはこうだった。
・泉の水で聖なる衣を作る → それを着て結界突破をする → モンスターを倒す
こうやって並べてみると、簡単そうに思えるが、実際には、
・泉の水を持ち帰る → 聖なる衣を作るため、さいほう職人(弟子)を説得する → 聖なる衣、完成 → それ着て結界突破 → モンスター撃破
しかし、だ。
この内の二番目のステップが、これまたややこしい。
具体的には、弟子の説得。話によると、その弟子とは、簡単には他人を信用しない、相当なひねくれ者らしい。だが彼の協力なしでは衣作成は有り得ない。ならば、どう説得するというのか?
「……そうですね。恐らく、彼の心を開く為には……、例えば重要アイテムの調達、もしくは、きっかけとなる人物を探し出し立ち会わせるとか……、そんな感じだと思います」
これは勇者少女の談。
それこそが、冒険そのものだ、と言う。
・泉の水を持ち帰る → 都に出る → 聖なる衣を作る為に、さいほう職人(弟子)を説得
→ A、弟子の心を開く為、重要アイテムを調達(そのためには多分さらなる冒険が予想される)
→ B、弟子の心を開く為、重要人物を捜索し立ち会ってもらう(そのためには他の町へ行かなければならない事態も有り得る、大抵、辺ぴなトコにいるもんだ、そういうヤツって)
→ 聖衣・完成 → 着衣のち、結・破 → モンス・撃(以下、略
……うん、有り得ないよね。非効率極まりないじゃないか。ひじょーにめんどくさい。
要するに、敵を倒せばいいだけの話だろ? 何故わざわざあちこち寄り道せにゃならんのだ。
結界なんぞ、力技で突っ切ってしまえばいい。実際に出来てしまったのだから、それは間違ってなんかないはずだ。それに、飛び越えられない壁などは、地面を掘ってくぐり抜けてしまえばいい。なんなら、この山ごと破壊するとか。他にいくらでもやりようはあるだろう。
……何故、人間どもはこんな簡単なことに気が付かないのか?
「それは人間が、よわくもろい生き物だからですよ」
……ほぅ。
「あなたの言うように、ね。……所詮、私たちは、脆弱な人間如き、でしかありません」
……ふん、よぉく解かっているではないか……。
「だからこそ、手を取り合い、絆を紡ぎ、勇気を得るのです」
……なん、だと……?
「すべての出会いに無駄などはありません」
……コイツ、なにを……?
「本当は、あなたもわかっているのではないですか?」
……よせ! ……止めろ……ッ!
「あなたにとって、大切な人との出会いが、大事な約束が、あなた自身を動かしているのでは、ないでしょうか?」
……うおおおおお……ッ! ……この痛みは、なんだ……? ……なにが、起きている……ぅッ?
「もちろん……、あなたとの出会いは……、私にとっても……」
…………………。
少年はやっと目を覚ました。
痛みは、頭だけではなかった。全身が悲鳴を上げていた。本当の声はすぐには出なかった。何かが喉に詰まっている。少年は地面にそれを吐き出した。血だまりだった。びちゃッと嫌な音を立てて跳ねかえった。そしてやっとのことで起き上がる。
目の前の奇妙な光景。
巨大な獅子が二足歩行で暴れ回っている。
敵。これが呪いの元凶か。こんな、知性の欠片もないような、獰猛なだけの獣が、か?
短髪の少女が、細身の剣でその攻撃に身構える。しかし、丸太のような腕で殴られれば、受け止めきれるはずもない。そのままの勢いで弾き飛ばされ、少年の足元まで地面を転がった。
「お……い! あ、あああ、あれは、なんだ……? ど、ど、どういう、ことなのだ……?」
少年は這いずって少女に縋った。知らぬ間に泣いていた。
「……すみません、まさか、あれほどの強さとは……ッ!」
言いつつ少女は、自身にではなく、少年の身に癒しの魔法を施す。
いくらか痛みが治まった。
――いや、余の身など、どうでもいい! 貴様も全身ボロボロではないかっ!
しかし、少年の想いは、もはや言葉にならなかった。
つづく!
※この物語はフィクションです。