第4章 その32
そこらじゅうから聞こえる、怒号と悲鳴、破壊音。
「しっかし真夜中だってのに元気な奴らだねぇ」
詩人は礼拝堂を抜け、玄関ホールの大扉を開く、と、
「ぐあッ!」
「くそガキがぁ、裏切りやがってぇ!」
「…………」
黒髪の少年はたったひとり、迫り来る荒くれ共を黙々となぎ払っていた。
十や二十じゃない、男達は百を超える数で攻めて来ていた。
終始無言の少年だったが、流石に息が上がり始めている。
スキンヘッドの男が叫んだ。
「路頭でくたばりかけてたテメェを、拾ってやった恩を忘れやがったのか!」
「ほうほう、説明口調でありがとさん」
詩人さん、なっとく。そういうワケだったのか。
「なっ? て、テメェは! か、かまうもんか! やっちまえ!」
「よう、団体さん追加だぜ? お前さん、まだイケるかい?」
詩人。
「…………」
こくり。
眠たげな目を伏せ、少年はただ頷いた。
扉を背に、ふたりは剣を構えた。様々な武器を手にした男達が勢揃いだ。
対峙する者たちの間を風が抜け、夜空に火の粉が舞った。辺りは昼間のように明るく、異常なほどに熱気は上がり続けた。
詩人と少年は上手下手に別れ、次から次へと突っ込んで来る命知らず共をそれぞれに蹴散らしていった。
「バカなっ! 相手はたったふたりだぞっ? なんてザマなんだ! 次、早く行きやがれ!」
狼狽えるスキンヘッド。コイツ自身は戦闘に参加しないくせに、偉そうにしやがって。
しかしながら満身創痍なのは詩人と少年。
「ったく、キリがないぜ。マジでヤバいかもな。こうなりゃふたりで逃げ出すかい?」
「…………」
ぶんぶん。
首を横に振る少年。
「お前さん、やっぱ男だよ」
詩人。
と、
「どけ、オレがやる」
軍勢の中から声が上がった。
「ボスっ! 待ってましたぜ!」
歓喜するスキンヘッドを押し退け、屈強な大男が前に出た。
「ついに来やがったか、会いたかったぜ、こんちくしょう……!」
宿敵を前にし、騒ぎだす詩人の血。
「オレもだ、名もなき詩人よ」
「お前だけは、お前だけは……ぁッ!」
詩人は、この男だけは許せなかった。許すわけにはいかないのだ。
「貴様に沈められた船の礼をしなくてはな。いくぞッ!」
あらくれボスの こうげき!
つうこんのいちげき!
ミス!
しじんは ダメージをうけない!
大男は一気に間合いを詰め、手斧を振り下ろした。咄嗟に構えた詩人だが、
「ぐ……ぅッ!」
背中に激痛が走った。その拍子で体制が崩れ、辛うじて一撃を躱したに過ぎない。
「ぬぅん!」
続けてボスは詩人の頭上を目掛け攻撃を繰り出す。それを剣で受け止めた詩人。ボスの連打。詩人は防戦一方だ。金属同士がぶつかり合って火花を散らす。
「どうした若造! いきがっていたくせにその程度か!」
詩人の腹を抉るようにボスの素早い蹴りが入った。
「が……ぁッ!」
無様に転げ回って詩人は外壁に激突した。
「貴様ら、さっさと突入しろ!」
轟!
ボスの命令で手下共が一斉に唸りを上げた!
這いずって詩人は、
「頼む、お前さんは、みんなを守ってくれぇ……!」
「…………」
少年は小さく頷き、大扉の前に躍り出る。
果敢にも群がる荒くれ共に立ち向かう。が、数に押され、容赦のない攻撃に傷つき、息も絶え絶え、ついに少年は倒れてしまった。
それでも詩人はなんとか立ち上がる。剣も持たず、ふらつきながら、荒くれ共のボスの元へと、一歩ずつ、近づいていく。
「まだ、やるのかね?」
「……へっ、へへへ……っ」
「恐怖でついにおかしくなったか?」
怪訝な目を向けるボス。
「俺ぁな、ここに来るちょっと前、夢を見たんだよ。それはもぉ、最ッ低な、悪夢だったぜ」
詩人は幽鬼さながらの執念で距離を縮める。
「彼女が淹れてくれた珈琲を、お揃いのマグカップでなぁ、へへへっ……、陳腐すぎて反吐が出らぁ。ぜってぇ、忘れねぇよ、たぶんもう、一生な……」
「では、せめて最期くらいはマシなものを見せてやろう。――走馬燈ってやつをな」
ボスが詩人の首に両手を掛けようとしたその瞬間、
「ああ、そうさ。忘れらンねぇよ――、お前に一発入れるまではなぁッ!」
しじんの こうげき!
かいしんのいちげき!
あらくれボスに ちめいてきなダメージ!
「ぐがぁあああぁ……ッ!」
「今のは、あの娘の痛みだぁ! 思い知ったかッ!」
詩人のアッパーカットがボスの顎に直撃した。しかし、それだけではない、詩人の手に握られていたものは、黒服から預かっていたあの金属板だ。それが、砕けた。ボスの顎骨もろとも、だ。
轟音を立て、大男は崩れた。
「へへへっ、ザマーミロ……!」
詩人も崩れ落ちた。
つづく!
※この物語はフィクションです。