この所ではなく、数年。媒体は変えても見てしまう悪習に辟易としています。
衰退した国の国民によく見られた「事大主義」と「利己的」な思考。
簡単に言えば「見たいもの、聞きたいもの、信じたいもの」のみを受け入れ、それ以外は目を背けるか、異物であるかのように排除する。
なんでもそうですね、食べ物でも、嫌いなら投げ捨てる人もいる。異なる意見は大多数に押しつぶされる。
自由主義、民主国家である日本はそうでは無かったが、ここ近年、急速に「都合のいい」生き方が、賢いとされている。
勿論勝手にしてくれていい。その人の人生であり、その中の時間。好きに生きて満足も後悔もその人の物だ。
しかしながら他人、親でも兄弟でもなく。そういう人と相対した時にはその理屈は通用しない。
ひとに愛されたければ愛を向ければよい。
だが、人に刃を向けると言う事は、取り返しのつかない出来事を初めてしまうことになり、当然相手から刃を向けられても仕方ない。
安全だと思い込んで勘違いしているのではないか。
自分は石を投げても相手からは投げてこない、そう思っては居ないだろうか?
因果は巡る。投げた対象から反撃されなくとも、見ていた人からどのように思われるかわからないし、ましてやそれが表には出てこない。
静かに避けられ見向きもされなくなるか、内心この人はそういう人だと思われる。
それを挽回するのは並大抵ではない。
相手のテリトリーに足を踏み入れたら、何もなしでは済まないのである。
読んだ方には客観的視点と危機感をしっかり持って頂けたら幸いです。