昔話をしよう。
あれは魔王を倒して世界を救い、大都会ガタラへと帰ってきた日のことだった。
妙に静かで、街には人の気配もドワーフの気配もない…
何かがおかしい。
いつもと違う。
背中が汗ばんでゆくのを感じながら1歩、また1歩
私の家の前に"それ"は居た…。
魔王のような禍々しい妖気を放っていたのはバトンちゃんだったのだ。
バトンちゃんとは厄病神のような存在で、
ひたすら家の前に張り込み、妙な質問を投げかけてくる。
『昨日の晩御飯を思い出して』といったような
私達を認知機能検査にかけるような質問から
『世界の半分が欲しいか?』という恐ろしいような質問まである。
ちなみに上記の質問が回った日にチームメンバーのリハクは姿を消した。
彼はなんと答えたのだろうか?
今ではわからない。
思い出に浸らせまいとバトンちゃんが口を開いた。
『靴下は右から履く?左から履く?』
きた。
意図のわからない質問…
私は恐怖で言葉が出なかった。
まずい…、何か答えなければ…
私もリハクと同じように消されてしまう。
『一日のうち一番好きな時間帯はいつ?』
『目玉焼きには なにかける?』
頭が真っ白になり、身体が震え、歯はガチガチと音をたてていた。
『……チッ』
突然の舌打ち
私は死を悟った。
しかし、彼女はルーラストーンを取り出すとどこかへ飛んでいってしまう。
どうやら恐怖が最高潮に達したことにより、答えを引き当てたらしい。
答えは"沈黙"。
それが唯一の手段であり、生き残るための術。
冷静さを取り戻し彼女がメギトリスに飛んでいったこともわかった。
「止めておけ」
頭の中に声が響く。
リハクの声に似ている。
「見なかったことにしろ」
私は飛んだ。
すぐに街の情報屋に2,000Gを握らせ訊く。
『サイコパスのような目をしたプクリポ♀が通らなかったか?』
情報屋は小さな身体を震わせながら、西側の井戸を指差した。
井戸に近づくにつれ急激に辺りが暗くなっていく。
ここで間違いないらしい。
私は念のため僧侶に転職し、天使の守りをかけてから井戸の中へ身を落とす。
井戸の中は辺り一面に本が敷き詰められていた。
適当に本を手に取り、ぱらぱらと読んでみる。
……なんだこれは?
プレイ時間、戦闘勝利数、職人成功回数、死んだ時にラグを言い訳にした回数、ありとあらゆるプレイヤーの情報が保管されている。
―――本を読む。
時間の流れを感じない。
―――本を読む。
目的なんて、とうの昔に忘れている。
あと一冊だけ目にとまった本を読んだら帰ろう…。
「ひきかえせ」
懐かしい声だな。
さて誰だったか。
ひときわ大きな本が目に入る。
手を伸ばすと
本が光りだした。
「その本は読むな」
赤い本を手に取った。
4月23日 雨
今日はリハクってオーガ♀に意地悪な質問をしたの!
『世界の半分が欲しいか?』ってね~!そしたらなんて言ったと思う?
「ドラクエ1じゃねーか、お前中身おっさんだろ?」なんて抜かすの!
キィィーッ!!!やなやつ!やなやつ!やなやつ!
こんなオーガ♀は生かしておけないの!ばいばいなの。
あたちは節理も無く禍殃を語る人閒に心を許さぬ。
齊しく、其れを辯疏する亊にも。
・・・・・・
…
もう盟友リハクはこの世にいない。
それがわかっただけでも十分だ。
本を閉じた。
瞬間
誰かに背中を押された。
どうやら本を読み耽るうちに随分と上の階へあがっていたらしい。
遠くに笑顔で手を振るプクリポ♀が見える。
長い浮遊感のあと背中に痛恨の一撃を受けて私は死んだ。
……が、私は生き還った。
天使の守りだ。
立ち上がり出口に向かって走る。
暗闇を抜けると

マイホームの庭だった。
バトンちゃんの目的とは一体何だったのか?
今でもわからない。
だが、リハクが殺されたことも
私を殺そうとしたこともわかった。
もし、皆さんの元にバトンちゃんが来たらこの日誌を思い出して欲しい。
答えは、沈黙。
そして、絶対に追いかけてはいけない。
次にバトンちゃんが訪れた時、私は殺されるだろう。
しかし貴方達はこの2つを守るだけで生き残ることができる。
幸運を祈る。