あれは私が小学生の夏休みのときでしたか、姉と2人で東北地方のD村にある、母方の祖父母の家に泊まりに行ったんです。
ちょうど両親の結婚記念日が近く、結婚15年の節目だったため、両親は海外に旅行に行っていました。
D村はとても田舎で遊ぶところは外しかなく、私は姉と一緒に近くの林や川で遊んでいました。
しかしD村には変わった決まり事があったんです。
「毎月10日は外に出てはならない」
いつもニコニコしている祖父母も、この決まりのことを話すときは凄く真面目な顔をしていました。
D村で過ごして4日目、その日は8月10日でした。
そう、外に出てはいけない日です。
しかしとても田舎のD村ではテレビもまともに映らず、私と姉は暇していました。
また子供はダメと言われるとやりたくなるものなのです。
私と姉はこっそり外に遊びに行くことにしてしまいました。
祖父母には眠いから昼寝すると嘘をつき、部屋に戻ると2人で窓から抜け出しました。
裏の林にある川で水遊びをしよう、そう言って笑った姉でしたが、
まさかそのときの笑顔が私の見た姉の最後の笑顔になってしまうとは思いもよりませんでした。
林に入ると、いつもはザワザワと風の音が聞こえるのですが、その日はやけに静かでした。
そして何か声のようなものが聞こえるのです。
…ノヒ………
テ……ヒ………
不思議に思って辺りを見回すと
林の奥に変な形の影が見えました。
頭が丸くて大きく
そこから細い糸のような物が下がり
体の下も丸く膨らんでいる
歪な形をした何かでした。
それは生き物のようで
ゆらゆら ゆらゆら と揺れています。
……ンノヒ……
ゆらゆら
テン…ヒ………
ゆらゆら ゆらゆら
…テンノヒ………
声のような音が大きくなってきました。
怖くなった私は姉にもう帰ろうと言うのですが
姉は返事をせず黙っていました。
姉が返事をしないため
ふと前を見ると
その変な
生き物みたいなものが
目の前にいました。
テンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテン
私は姉を引っ張って一目散に逃げ出しました。
それからどう帰ったのかは覚えていないのですが、気がつくと祖父母の家の前にいて、変な生き物はいなくなっていました。
玄関から家に入ると祖父母はびっくりして、見たこともないとても怖い顔で外に出たのかと聞きました。
私が何も言えず黙っていると、姉が小さな声で何かを言いました。
…………ヒ
なんだか姉がゆらゆらと揺れています。
ゆらゆら
………ノヒ
ゆらゆら
テン…ヒ………
ゆらゆら ゆらゆら
テンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒテンノヒ
私が見た姉はそれが最後です。
姉は祖父母に連れられていき、D村の大人たちが集まって何かを話していたようですが、私はわかりません。
私にわかるのは、
姉はもう一生治らないんだということ。
そしてD村ではいまだに毎月10日は外に出てはいけないということだけです。