
料理、食べ物というものから感じる美味しさというものには限度があると思って生きて来たし、現に超えることは無かった
そう思って30年は生きて来た
どれだけ高級素材を食べようが食べる前からある程度の味は想像がついている
あ、美味しい美味しい
この味付け良いな
おー、美味しいなこれは
これくらいは思う事は良くあるけれど、想像の範囲内の味だし、当たり前である
衝撃を受ける事はない。
素材と調味料の味を知っているのだから頭の中の想像と似た味になっているのだから
食べたく無いとかでもなく感謝が無いとかでもない、ただ想像を超え無いだけ
普通に食べるし、普通に作ったりもする
絶品を求めるわけじゃなく、こんな味になるのだろうなというものを入れてその味を生成する、その惰性で普通に美味しい味を求めて自分自身で調理する。
料理の味とはその程度の満足度で満たされて来た。
想像通りの味を食して生きて来た。
ただ一人を除いては
突如として現れたその人は、俺の料理を作る時にだけキッチンに立つ
一人の時はあまり料理をしないらしい
さしずめ俺の専属のシェフだ
その料理人は異常なほどに美味しいものを作る
恐ろしい程、調味料を巧みに使う魔術師だ
想像を遥かに超える旨味を引き出す
野菜だろうと肉だろうと俺の味覚で感じ得る最高到達点を幾度と無く難なく見える手つきで叩き出してくる
数日前に作ってもらう機会があったので、お任せで作ってもらった豚肉とキノコのオイスターソース炒めだと思う代物が、これまあ想像を絶する美味さだった。
恐ろしいのがオイスターソースをほとんど切らしていて、小さじにも満たないオイスターソースしかないにも関わらず今まで食べたどの豚肉料理よりも美味しいオイスターソース炒めを錬成するその能力
なんの調味料を使ってもなんの素材を使っても基本的には最高得点を出せるスキル
それもパッと作っているように感じる程度の時間で
外食の比にはならない美味しさ。
あー、美味しい。を超えて口に入れた時に感動する、『…えっ?』って衝撃を受ける感覚
食欲が満腹さを上回る、普段なら絶対に食べ無い満腹度合いでも取り込まないと気が済まない欲望に駆り立てる。
三大欲求の一つを見事に引き出す、理性を欲で捩じ伏せさせる力。
いつも美味しい、と言っているからそのシェフにはお世辞や普段からどこでも当たり前に言っていると多分思われているのだろう
こちらの感情があらわになるのが常の状態で接触することしか無い人からすれば、普段の俺を知らないわけだから、その特殊な状態の俺を当たり前だと認識される。そのイレギュラーな俺の姿を見ることの時間のほうが多いから、そのイレギュラーがデフォルトだと思われるのだろう。
これはよくあることなのだろうな。
料理の味は想像を絶する事はない、これは子供の時から周りにも言っていた事でそれを共感もされていた。
それはそうだろう、豊かな国に揃った調味料。
味の整った素材。
贅沢だからこそ想像で食べられるものが考えられる。
そんな、この状況下で、この常識を、何年も変わらなかった事を、人生で一度も感じたことがなかった事を覆したのは、とんでもない。
そこまで美味しいと思ったことのない食事と言うものを、その日の楽しみにまで感じるようになる程に高みにあげた調理師
恐ろしい能力者だ。