「破壊神」
破壊しようとする者。世界の平和を保とうとする者、秩序を保とうとする者にとって混沌である。平和を築こうとする者にとってこの行動は理解しかねる。破壊する者の原動力、その力の根源。破壊を望む心。何かを欲するという事が命ある者の根底に流れている気がする。私も言わずもがな欲する者。だが破壊なぞ望まない。
何故破壊したいのか。またゾーマなどは何故人々の滅びゆく姿を喜んだり美しく思うのか。本当にそれを望んでいるのだろうか。本当は違うけれどそう思い込んでいるだけなのだろうか。それらの想いが本当であれ嘘であれそう想う事は様々な因果によって生まれたことは間違い。歴史的背景、時代背景、うまれた環境。環境が生んだ存在?何かを欲するという大きな原動力、エネルギーが命ある者の根底にあるとしてもそれをどう使うかは己次第。人なら意志によってそれを正しく使える、または律する可能性が大いにある。ここで一つ気付いた。命ある者以外で大いなるエネルギー、力を持つもの。人ならざる者。生命ならざる者。天変地異。台風や雷など意思無く何も欲せずとも時として破壊していくもの。これに近い抑え難い力をシドーやゾーマは宿してしまったのであろうか。
暴走する力。抑えられぬ力。力は他に伝わり影響する。「力」は何故かこの世の根底に流れており何かに影響を及ぼす。引力、重力、斥力、遠心力、浮力、磁力、電力、風力。
見えない力。
見えないけどある力を人は恐れ、畏れてきた。そして人知を越えた力に「神」と名付けてきた。雷の語源も「神鳴り」である。人が畏れてきた力=神であるなら破壊神と言われる所以も納得がいく。だが幾ら神の力とは言え破壊だけでは世界は無くなってしまう。そこで他に神から授かった力。人が持っている力。
精神。これも神の名が付く力。
正しい判断をする為に考える力。そしてそこから生まれる知恵。それを実行する為の勇気。誤った方向に向かう力に対抗するもう一つの神の力。だから勇者は挑み均衡を保とうとするのだろう。
正しい判断で正しく力を使い破壊の神に挑む。
秩序を保つ為。慣れ親しんだ言い方をするならば
「平和」の為に。見えない力は見える世界の根底で今日も世界を動かしているという事実。人の見えない想いもまた見える世界を動かしている。平和を望む勇者が多ければ多い程世界はより「平和」へ近くなるのだろう。精神はあまねく誰一人漏らさず人に備わるもの。すなわち誰もが皆勇者になれる素質を持っているのである。
「勇者の条件」
条件はそろっている。後は己次第。