――王都カミハルムイ。
仕事で初めてこの都を訪れて以来、その静けさとゆったりと流れる時間に妙な心地よさを覚えた僕は、度々ここに立ち寄っては、何をするでもなく城下をふらついたりなどしている。
呉服屋であつらえた袴と羽織は少々派手な気もするが、過激に肌を露出したりしない分落ち着けて、これはこれでなかなか気に入っていた。
料理屋の前を通りかかると、縁台に座って団子をたしなんでいた老人がふいに呼び止める。
折角なので、僕もお茶でも飲みながらしばしの世間話に興じることにした。
茶菓子に酢昆布をかじっていると、若者にしては渋いと突っ込まれたが――それはいいとして、
このおじいさん、相当な聞き上手であり、僕の出身の島のこと、家族のこと、仕事のこと、酒場でやらかした情けない失敗のことまで、あれよあれよと話すことになってしまった。
話がひと段落ついたとき、老人は整いましたとばかりに懐から短冊と筆を取り出した。
なんと、旅人である僕は知らずのうちに彼の作品のネタ出しに協力していたのだ……。
高級そうな紙にさらさらと書きつけられてゆくのは、エルトナ古来の形式らしい短い詩だった。
泡沫にひとりさまよひありきつつ
ふるさとしのぶうみうしの歌
桜を見ながらふらふらする僕を、珊瑚の海を孤独にさまようウミウシになぞらえたということらしい。
それはわかるが、歌なんて歌っていないし、苦手だと話したつもりだったのだけど……。
そういえば、前にもどこかで「歌のようだ」と言ってくれた人がいたような……
そんな記憶も相まって、そのフレーズはいつまでも僕の心に留まり続けた。
-ペルトドリスの日記より-