たまには、うちの店の"特別な常連客"について思いを巡らせてみようかな。
彼女は有り体に言えばパトロンだ。
僕が猫島に居候するのをやめて、"恩猫"の助言を頼りに手に職をつけようと、マスター・ポシェルに弟子入りをした頃のこと。
いきなり現れた旅人は、見習いだった僕をつかまえて「君は自分の店を持て」なんて言って、店舗を構える為の金をポンと出したのだった。
そりゃ渋ったとも。
何しろ素性も知れない旅の者。
何も考えずに喜んで受け取れるほど愚かではなかったはずだ。
が…、腕が立ちそうなことよりむしろ…人を投げ飛ばすことを躊躇わないであろう女の眼力。
それにその背中の、恐ろしい顔の付いた常軌を逸したセンスの棍に会心の一撃を叩き込まれて沈むことを思うと…差し迫る身の危険への恐怖が上回ったというか…とにかく、
その場の空気に流され流されて店を持つことになってしまった。
立ち上げの資金を援助しながら度々食事をしにくる彼女と話すうち、
人となりは段々と分かるようになってきた。
お酒と激辛のスパイスカレーが好きだとかいう事も。
けれどその出自については未だに謎が多いのだ。
彼女の語る冒険譚はちょっと荒唐無稽かな。
国を救ったとか偉い人と友達とかそういう話ばかり。
そんな英雄めいた人物がこの僕の店に通うかな?
大体、いつもボッチだし、友達がいるようには見えない。
極めつけだったのがある夜泥酔して話した、
「自分は勇者の盟友だ」って話。
あのグランゼドーラの勇者姫だよ。
可笑しすぎて、その日から彼女のことは【盟友さん】と呼ぶことにした。
そう、まったく可笑しな話だ。
彼女がするのは軒並み勇ましく明るい話。
それなのに僕は彼女が店を後にするたび、
もう戻ってはこないんじゃないか。危険な旅をしてるんじゃないか。
そりゃ、一国を脅かすほどの敵と本当に戦ってるとしたら危険だろうけど、そういう事じゃなく…何だろう。
本当は僕に話している以上に、重い何かを独りで背負っているんじゃないか……
そんな事を考えてしまう。
僕も今では一応一人前になって、あの頃もらった以上の額を彼女に返せたとは思う。
でもあの時の無茶振りがなければ、一人ではきっとここまでやってこれなかった。
彼女がいなければ此処でした出会いも経験も何もなかったから。
「この店好きだからずっと変えないでね」
いつだか何気なさを装って言われた事を守りながら
今日も僕は彼女の帰りを待っている。