「シェフ。起きてください、シェフ……」
珍しく人の声で起こされた。
声の主、従業員のスクレロとは店を始めた頃からの付きあいだが、特別仲がいいという訳ではない。
単に僕よりずっと真面目で仕事ができる男なので、たまには家主が起きるより早く出勤してくることもあるだけ。
寝起きで人に会いたくないので「起こしに来ないで」と頼んである以上、こうして呼ばれるという事は非常事態があってのことだろう。
「開店前ですが、お客様が」
「そういうのはさあ」
「いえ、お引き取り願ったのですが……」
仕方なく身支度をして出ることにする。
シャワーを浴びる時間もないが、最低限人に会える顔にならねば。
少ししてドアを開けると目の前は海、いや下か、目線を落とした其処には釣り竿を持ったドワーフ男が、アジで満杯のさかなぶくろと共に居た。
「おはようさん」
「お、おはようございます……」
まさか捌いてくれってんじゃないだろうな。
「これ、そこで釣ってんよ」
「はあ……」
「お裾分け」
「……はあ」
「うん?おニイちゃん、顔色よくないよ」
「いや、ウェディなんで……元々」
「いやいや。それにしたって顔面蒼白てもんよ?ちゃんと食べてないんとちがうか。
こらあかん、おっちゃんが朝ごはん作ったろ。台所借りるで〜」
「ええ!?」
家主を押し退けて…しかも善意っぽく、ずかずか上がり込んでくる客に対応する術はまだ持っていなかった頃の話だ。
「ちょ、台所はあの、あんまり触らないでもらえると…」
「特製アンチョビサンド作ったろ」
「それアジだから!」
「どわははは!細かいことはええ〜んじゃ〜」
なんで朝からそんな機嫌なのか、フリフリと踊りながら勝手に調理を始めた男をスクレロも呆気にとられて見ているだけだった。
結局その日は朝食を食べたせいで開店が遅れて迷惑した。
だというのに、このドワーフ──タバヌさんはそれ以来、たびたび訪れては僕やスクレロ、さらにはお客にまでいらぬお節介を焼くようになったのだった。