天雷の主人にどやされて空が泣き出した。
ぽつり、ぽつりと零れる雫。それはやがて大粒の涙となり、天井すれすれに備えられた細長い小窓を叩き震わせ、外の景色を白く掻き消していく。
…まだ幼かった頃、空の奏でる轟然たる音楽に、私は心躍らせて、そして非日常的な気分を楽しんだものだった。
遠くで再び怒鳴り声が聞こえるーー
診療所の扉が開けば、ずぶ濡れの兄が帰宅した。…のだろう。開いた戸口の先から鮮明に聞こえ出す雨音。降られたか。意識は緩やかに現実へ引き戻る。
…やり残しの業務は、ないかな?
デスクに視線を巡らせる。何か抜けているような感じがする。そんな気がする。いいのだ、抜けていたとしても。それは明日に持ち越せば良いだけの話なんだから。
でしょ?
自分自身にそう言って聞かせる。
そんな訳で、帰り支度を整え(といっても支度などないに等しいのだが)、診療部屋を出て、出口へ向き直り、…身体がビクりと跳ねる。
っ…!びっくりした、だれ…?
開き切ったままの戸口。その一帯、物々しい雰囲気の中、こちらに向かって前後に立ち並ぶ二人のシルエットを認める。後ろを陣取る黒のフードに身を包んだ方は(その前で膝をついた大柄な人物に隠れてよくわからなかったが)、まだ診療所の敷居を跨ぎ切っていないようであった。が、後ろから男の首根っこを掴んで…
私は冒険者らしき男が、何者かの手によってその生涯の閉じられゆくところを目撃したのである。フードに身を包んだ暗殺者はテキパキと身を翻し、こちらに一切の関心を向けることもなく、雷雨の中、私が管理する診療所を後にしていった。
一方で、被刃したのだろうか?血を吐き垂らし、糸の切れた人形のように崩れ落ちる男。医師としての責務は私に唖然とする選択を許さない。突き動かされたように、被害者へ駆け寄り、安否を確認する。
見渡す限りの傷、殴打の跡。
命からがら逃げ込んできた様子が窺える。
トドメは背後から心臓をひと突き。
…まずもって助からないだろう。
直後、事切れたのを確認する。
開き切ったままの戸口から
雨風が舞い込んでくるーー
消えゆく命を静かに見つめ、胸に生まれた感情をひとつずつ切り捨てていく。今晩私は、不運にも命を奪われた見知らぬ冒険者のため、憐れみを込めて、私ができることをやらねばならない。
こうも酷な残業があるだろうか。
冒険者証を確認する。
ーラダフ・バーグマン