(家出――旅に出られるのか。)
そもそもこの御方がいつまでもひとところに留まっていられるはずもないとは何と無く感じていた。
「世界征服でもしに行かれるのですか。」それは門下生の中で定番の笑い話だった。御息女ならばいつかその天下無双の剣術で世界を征服するに違いないと。
「世界制覇だよ。征服には興味がない。お前は世界に興味がないのか。」
僕の半分冗談の質問に、御嬢様は真正面からさらりと切り返された。
世界制覇――おそらく剣術の世界で世界中の剣豪と闘おうというのだろう。
自分にとっては冗談のような世界を普通に歩こうとしている人が目の前にいる。自分はなんと矮小なのか。

今まで剣術を磨いた先など考えてこなかった自分に、その時初めて気づいた。
僕はみるみる恥ずかしくなり、言葉を失っていた。
ふと村長に言われたことを思い出した。
――独学の剣術では身を守るのも心許ない。
果たして身を守る術を身に付けた後にどうするのか。そもそも身を守るだけのためにこのような高名な道場に推薦してくれたというのか。
「道場では死ぬことはないぞ。お前はどうやって死ぬのだ。」
僕は御息女に返す言葉を持ち合わせていなかった。涼しげな口元で「精進しろよ」とつぶやき立ち去る後姿を、ただ黙って見送ることしかできずにいた。