『小さき背中と魔法の迷宮』
酒場の片隅で、新米僧侶の僕は重い溜め息をついた。
木漏れ日が差し込む店内は、討伐に向かう冒険者たちの活気あふれる声で満ちている。その賑やかさから逃げるように、僕は一番奥の影になった席に座り、古びた羊皮紙の呪文書を開いていた。
覚えたての「ザオラル」と「ベホイミ」。何度も反復練習して頭に叩き込んだはずの呪文の文字を指先でなぞりながら、もう一方の手にギュッと握りしめているのは、ズッシリと重い一枚の金属片「魔法の迷宮」へ挑むためのコインだ。
(早く強くなりたい……みんなの足引っ張りたくないんだ)
ずっと欲しかったアクセサリー「火竜の首飾り」を手に入れるため、勇気を出してコインボスに挑みたいのだが……現実はそう甘くはなかった。
目標である「人食い火竜」がどれほど恐ろしい存在かは、自分でも重々理解している。激しい火炎ブレスは一瞬で前衛を焼き尽くし、恐ろしい状態異常の数々がパーティーを全滅へと追い込むという。僧侶である僕の回復が少しでも遅れれば、あるいは「ザオラル」の詠唱を失敗すれば、一瞬でパーティーは崩壊するだろう。今の自分がそんな猛攻に耐えられる保証なんて、どこにもなかった。
チラリと、視線を視界の端に浮かぶ仲間たちの通信記録 チームチャットへと落とす。
『あ、ごめんね! 今みんなでエンドコンテンツ行っててさ』
『またタイミング合ったら行こうね!』
画面を流れていく眩しい会話。ベテランの冒険者さんたちは親切で、いつも優しく接してくれる。でも、彼らには彼らの戦いがあり、限られた時間の中で楽しみたいエンドコンテンツがあるのは当然のことだった。
自分のわがままや焦りで周りを振り回してはいけない。頭では痛いほど解っている。解ってはいるけれど、楽しそうに笑い合う彼らの背中を遠くから見つめているような、一人取り残された寂しさと焦燥感が、じわじわと胸を締め付けていく。
「野良募集」の掲示板に飛び込む度衝もない。他人に迷惑をかけたらどうしようという恐怖が足のすくむ思いに拍車をかける。結局、僕はコインを握りしめたまま、木製のテーブルに突っ伏してしまった。
「……はあ。今日もダメかなあ」
口から漏れたのは、情けない自分の弱音だった。
その時だった。
「もしかして、コインボス行きたいの~?」
鈴が転がるような、高くて可愛らしい声が頭上から降ってきた。
びっくりして顔を上げ、声のする方へと視線を落とす。そこには、自分の腰ほどの高さしかない、ちっちゃくてまんまるな男の子のプクリポが立っていた。丸い大きな耳をフリフリと嬉しそうに揺らしている。
パッチリとした大きな瞳で、じっと僕の顔を見上げている。愛くるしいフォルムとふわふわの毛並みは、見ているだけでこちらの固くなった頬が緩んでしまうほど愛らしい。
「あ、えっと……はい。あの、火竜の首飾りが欲しくて……。でも、すごく難しくて僕じゃ足手まといだし、みんな忙しくてメンバーが集まらなくて」
僕がドギマギしながらしどろもどろに答えると、そのプクリポの男の子は短くて丸い手を「ぽん!」と自分の胸に当て、ニコッと満面の笑みを浮かべた。
「ふふん! ボクの名前はプクル! だったら、ボクが一緒に行ってあげるよ~!」
「えっ、プクルさん……ほんとですか!? でも火竜って、すごく強いって聞きましたけど……僕、回復もまだ下手で……」
思わず不安を吐露する僕に対して、プクルは小さな鼻をフンと鳴らし、短い腕を組んで誇らしげに胸を張ってみせた。
「うんっ! ボクにまかせて! どんなに火を吹くドラゴンだって、ボクたちが力を合わせればへっちゃらだよ! 一緒にボス、やっつけにいこうね!」
ぴょんぴょんとその場で嬉しそうに跳ねる小さな相棒。その愛らしい全身から溢れ出る自信と温かさに、さっきまで僕の胸を押し潰していた重い焦りと孤独感が、嘘のように一気に吹き飛んでいくのが分かった。
一人じゃない。この最高にかわいくて頼もしい冒険者が、僕の隣に立ってくれている。
「ありがとうございます、プクルさん……! 未熟者ですけど、一生懸命回復します。よろしくお願いします!」
僕が頭を下げると、プクルは「プクルでいいよ~!」と笑いながら、短いてのひらを元気に差し出してくれた。僕はそこにそっと自分の手を重ねる。
頼もしくてとびきり可愛い相棒の登場に、僕は胸いっぱいの嬉しさと勇気を抱えながら、魔法の迷宮へと続く扉に向かって一歩を踏み出した。

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