第2話:砕かれる前線と蠢く黒影
ドラゴンの咆哮が巻き起こした衝撃波は、洞窟の天井から巨大な氷柱を無数に叩き落とした。鋭利な氷の槍が降り注ぎ、白銀の床を突き刺す。
「うわああああっ!?」
砕け散る氷片がりょうすけの頬を掠め、赤い血が筋となって滴り落つ。血の匂いに反応したドラゴンが、その黄金の眼瞳をギラリと光らせた。
「怯むな! 陣形を保て!」
レオンライトの声が轟くが、暗黒の魔力に狂った竜は理性を完全に失っていた。太く長い尾が一閃される。空気を置き去りにした薙ぎ払いによって、重さ数トンの氷の巨岩が前線へ向けて爆風のごとく飛来した。 「お前みたいなトカゲに好き勝手させたら、俺がここにいる意味がねえんだよッ!」
前に飛び出したのはグミだ。前傾姿勢から全身の気を足元へ集束させ、爆発的な跳躍とともに鋼鉄の爪を叩きつける。
「破岩撃ッ!!」
バリィィンッ! と凄まじい衝撃音が響き、飛来した巨岩が粉々に砕け散った。しかし、砕けた岩の破片の隙間から迫っていたのは、ドラゴンの太く絶望的な前脚だった。
「グミさんっ! 避けて――!」
りょうすけの叫びは届かない。生々しい鈍音が響いた。
「ガハッ……!?」
グミの体がドラゴンの巨大な前足による平打ちを受け、硬い氷床の上を数十メートルも滑落した。べりべりとガントレットが歪み、腕の骨が不自然な方向へ折れ曲がる凄惨な音が耳に届く。吐き捨てられた鮮血が、白銀の雪塊を瞬時に黒赤く染め上げた。
「グミっ!!」
りょうすけの脳裏に、あの日の悪夢がフラッシュバックする。死にたくないと泣き叫びながら噛み砕かれたダイコンの姿。そして今、自分を庇い、共に泥を舐めて修行してくれたグミが血の海に倒れている。
「死なせるか……絶対に死なせるものかあぁぁっ!」
りょうすけは恐怖で激しく震える足を踏み出し、必死に前へ駆け出そうとした。だが、ドラゴンの凶暴な顎は、すでに動けないグミの頭上へ向けて開かれていた。内臓を焼き殺すような高温の蒸気が、龍骨の奥で怒号を上げている。噛み砕き、焼き尽くす殺意の波。 その時、影のように静かに割り込んだ体躯があった。マントを大きく羽織り、顔を隠したドワーフの旅芸人――マンティスだ。
マンティスは無言のまま素早くポケットから眩い光を放つ閃光粉を掴むと、ドラゴンの巨大な両眼へ向けて叩きつけた。
「グルアッ!?」
竜が一瞬視界を奪われ暴れる隙に、マンティスは重い戦棍をドラゴンの足の甲へ突き立てる。
「……引け、小僧」
短く、掠れた低い声。マントの隙間から一瞬覗いたマンティスの頬には、苛酷な死場を幾度も潜り抜けてきた者特有の生傷が刻まれていた。無口な彼の身体を張った遮蔽によって、グミの肉体は間一髪で竜の噛み砕きから逃れた。
「りょうすけ、ぼやぼやしない! 回復呪文を集中させて!」
後方からクロエの鋭い叱咤が飛ぶ。彼女は既に補助の法術を展開し、竜の動きを牽制していた。
「はいっ……! ベホイミ!!」
りょうすけは込み上げるゲロのような恐怖を吐き捨て、血の巡りを止めるなと自らに言い聞かせながら手を掲げた。聖なる光がグミの折れた腕を包み込む。だが、視界を奪われたドラゴンの凶暴な殺気は、今まさに回復の光を放った「幼き僧侶」へと向けられていた。