第4話:黒炎の地獄と不屈の指先
プクルの猛攻を受けながらも、ドラゴンの怨念は底をつくどころか、異界の魔力を吸い上げて異様な膨張を始めていた。傷口から吹き出す黒血は凍りつくことなく、氷床を溶かしながらドロドロとした黒泥となって地面を侵食していく。
「気をつけろ! あれは通常の個体ではない……! 異界の狂気そのものを核としている!」
レオンライトが叫び、大杖を掲げて巨大な氷の障壁を展開しようとする。しかし、一歩遅かった。ドラゴンの胸腔が限界まで膨らみ、黒鱗の隙間から赤紫色の不気味な光が漏れ出す。
咆哮ではない。内臓を煮たたせ、骨すらも気化させる『暗黒の竜息(ダークブレス)』。漆黒の極熱と猛毒を含んだ炎の濁流が、逃げ場のない洞窟内を一瞬で埋め尽くした。
「させ……ねええぇぇッ!!」
折れた腕を強引にベホイミの最低限の処置で繋ぎ止めたグミが、血反吐を吐きながら飛び出した。鋼鉄の爪を強引に交差し、己の肉体を「壁」としてりょうすけとクロエの前に立ちはだかる。
「俺は……武闘家だ! 泥を舐めてお前と鍛えたこの肉体……そう易易と破らせるかよッ!」
凄まじい衝撃と熱量がグミを襲った。肉が焦げる「じゅわぁぁ」という不快な音と、皮膚が焼け落ちる臭気が立ち込める。グミの悲鳴すら暗黒の濁流にかき消された。彼の背後にいたマンティスもまた、広げた分厚いマントを盾にして衝撃波の直撃をその身で受け止めた。
「ぐ、あ……ッ」
炎が収まった時、前線は地獄と化していた。
グミのガントレットはドロドロに溶け落ち、全身の皮膚が赤黒く焼けただれて崩れ落ちている。マンティスもマントが焼き切れ、背中に深手を負って膝をついていた。
「グミさん! マンティスさん!」
りょうすけは膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。視界の先、暗黒のブレスを吐ききったドラゴンが、残された息の根を止めようと、みしみしと足を進めてくる。レオンライトの魔力も極度の展開で底をつきかけており、プクルも着地の衝撃で足を痛めて顔を歪ませていた。
(また……僕の目の前で……みんなが……死んでいく……)
絶望の黒泥が、りょうすけの心を呑み込もうとする。自分の無力さ、前世の虚無感、ダイコンの首。すべてが暗い渦となって彼を押し潰そうとした。
だがその時――血まみれのグミが、焦げた指先でりょうすけの防寒具の裾を、力強くキュッと掴んだ。
「……諦めるな……僧侶の……兄ちゃん……。俺たちの……命を……お前と俺の……光で……繋いでみせろ……!」
その言葉と、指先から伝わる熱い血の感触が、りょうすけの止まりかけていた心臓を激しく叩き起こした。