ドラクエ10のターニングポイント、最大の失敗点は差別を導入したことです。今になって思うと、差別によってゲームを盛り上げようとしたのがよくなかったですね、
何のこと?「称号」のことです。
特にレグナード以降のエンドボス、具体的にはメイヴから完全に称号は不要の長物でした。
しかし、レグナードやダークキングで、一度ユーザーにめちゃくちゃ受けたのでその旨味が忘れられず、「称号(差別)」に頼った盛り上げかたを推進してきたのがよくなかった本当に
バージョン1からの歴史的に見れば、称号は当初からありましたが必要性のあるものではありませんでした。単に敵を撃破したという記録でしかなかったです。
ドレアムしかりコインボスしかりフィールドボスしかりとどの称号も単に討伐の記録にすぎませんでした。
しかし、レグナードでの称号は、パーティを組むための免許証のように扱われ
「称号PT」という言葉が生まれました、
これは当時ダークアイを制作するために、周回がよく行われていたので、その為に選民をする目的で、称号が重要視されたのです、
「あくまで素材回収をする目的で「称号」が必要でした」
しかし、これは差別を生みました。
本来オンラインゲームにおいて差別を持ち込むのは非常に悪手です、嫌悪感を感じたプレイヤーがゲームを捨ててしまうからです。
レグナード以降エンドボスの称号は『選民』するため、また振り落とす為の差別の道具となりました
でもまだ、レグナード時代は良かった方ですね
明確に「ダークアイ」制作という目的のため周回したい毎日討伐したい、そのために称号PTを作るという意義と理由付けがあったからです。
当時、レグナード時代は多くの古参プレイヤーが語ってるように、今の過疎ドラクエ10とは異なり、
毎日がお祭り騒ぎのようにフィールドに人があふれ多くのプレイヤーで盛り上がってました
具体的に言えば、グレン1鯖は混雑しすぎて夜、入れなかったとか有名な話ですよね
しかし、レグナードやダークキングその辺りがドラクエ10のピークでした。
レグナード実装時は、多くの人がダークアイを完成させたいと、フィールドのエンドボスにも関心を持たなかったような、エンドボスに関心を持たない人も多くの人が日課としてプレイしていました。
まるで強ボスのオーブ回収のように、大部分の人が日課としてハイエンドボスのレグナードをプレイしていたそういう時代でした。
ダークキングも、レグナード以上に人気の出たボスで大変盛り上がりました、しかしそれがピークで、ドラクエ10の絶頂期でした。
なぜなら、プレイヤー達はもう素材集めをする意味がなくなっていたからです。「称号PTを作って周回をする必要がすでになくなっていたのです、もう十分に素材を保有していたので周回する人がいなくなりました」
これにより称号の価値は薄れ、るはずでした・・・
しかし、称号による「差別」はなくなりませんでした。ユーザー自体それを求めたもしくは開発でそれを用意した、どちらもその通りです。
ガチガチに研究し、ボスを倒すのが良しとされ、ミスする人間は地雷とされ称号のない人間は差別され、どんどんドラクエ10が平和的なゲームでなくなっていった気がします。
いわゆるギスギスという言葉がよく使われだしたのもメイヴあたりの時代からです
「称号による差別で盛りあがることは」炎上商法と似ています、
称号によって一瞬盛り上がりはするけど、それを疎ましく思う人からは受け入れられず、時がたてば、称号?毎度のことだ、くだらないとして飽きられる。
称号はすでに「称号PTを組む資格」などでは、なくなっていました、
メイヴから称号は「ただの自己顕示」に変わったのです。
もう周回が必要でなくなっていた時代、称号はマウントを取り、差別をするものでしかなくなっていました。
この辺りからです、ドラクエ10が目に見えて衰退してきたのは。ユーザーは完全に分裂してしまいました。
現在ハイエンドバトルをプレイしている人が、ごくごく一部になったのも、
ハイエンドバトルというものがプレイヤーに受け入れられなくなったのも、
すべては、メイヴでみんながハイエンドバトルというものに飽きたからです。
また
メイブ以降のエンドボスで、大量の個人RMT業者が、緑玉にわき、差別する悪い環境をさらに悪化させました。それは今日でも続いています
プレイヤーたちの大多数は「いちはやく称号のくだらなさに気づいた人間」となりましたが
残りのごく少数は「称号にこだわりを持ち続けた人間」となって、
ユーザーたちの交流は断裂していきました
それがドラクエ10のエンドボスコンテンツ衰退の経緯です