花火を打ち上げるイベントとかやってたみたいですね!
僕は参加してなかったけども、まずはここまで長く続けてこられた開発・運営のスタッフチームの皆さんにおめでとうと、ありがとうを伝えたいですね。
ということは、この「くえす」というキャラクターも5000日目になるわけですね。僕のゲーム内の顔とか髪型は、イベント時などを除くと5000日前から一切変えていません。めんどくさがりっていうのもあるんですが(笑)
そのころに比べるとさすがに熱量は低いけども、それでもほぼ毎日ログインしてるし、5000日も遊び続けたゲームなんて当然ないわけで。すごいことですよね。リアルの僕も5000日生きたわけで。
その昔の熱量ってどれくらいだったかというと・・・
4時間おきにとれるフィールド上の素材などのアイテム(キラキラ)を拾い集める(マラソンって言われてますね)のために、夜中に目覚ましをかけていた。
フィールドのレベル上げが主流だったけど、キャラナナビーチのタコメットとかみんな同じ場所に群がって大混雑するので、混まない時間帯にレベル上げするために朝5時の通勤前に起きていた。しかも当時仲良かった2人で一緒にやっていた。
というわけで、ドラクエ10のために総長を軸に4時間単位で過ごす暮らしだったなぁ。職場での仕事の休憩時間を調整してキラキラマラソンしてたし、お昼休みもフレとログインして「ランチ強ボス」とかやってたね。
今と違って強戦士の書がなかったから、戦うためには実際に戦闘場所まで移動しなきゃいけない。しかもドルボードなんかないので歩いて移動、オーブも戦って確定で出るわけじゃないから出る前で戦う(一番ひどいときオーブが出るまで25回戦ったこととかあった)
少しでもフィールドの移動が楽な場所でとれるオーブは旅人バザーでの相場が安くなる傾向があった。一番楽だったのはキラキア風車塔のイッド。宿屋があるから回復も楽だし。キラキラ風車塔の上までいく階段はバトルをしに行くための冒険者がたくさん駆け上がっていた。
当時チート級の防具といえば無法者セットと水の羽衣セット。とくに水の羽衣はドラクエ2の仕様を似せて炎耐性50%カットという超チートだった。当初は「大魔法使い時代」だった。オーブを盗むための盗賊は壁役だった。
そして、ボスと戦う場所の部屋の扉の前には、ボスと戦って全滅したキャラクターが倒れて横たわっているわけだが、当時はドレスアップがなかったものだから「水色の死体の山」が築かれ、善意でザオをかけてくれる人たちがいた(辻ザオとか言われてましたね)
全滅してから5分以内に誰かが蘇生してくれないと強制的に神官の場所まで戻されてしまう。人がいない時間帯に全滅しようものなら祈る気持ちで「誰かきて~~!」って思ってた。
あ。言い忘れてたけど昔のサポート仲間は頭がよくなかったので最初のころはPT組まないと強ボスとろくに戦えなかったんですよね。
そこで思い出した話がもう1つ。
サポート仲間の頭がよくなりだしたころ。当時のフレが別のフレに強ボス一緒にいこうよって誘ったら「今はサポでいけるよ」と言い返されて「私はあなたといきたかったんだけど」と心の中で寂しい思いをした、なんて話をしてくれたり。
もっとも、強ボスって5000日前からあったわけじゃないんだけども。あの頃は遊べるコンテンツも少なくてみんなが同じことをやってたから、みんなで遊べたなぁ。1日3枚もらえる福引券のためにフレ誘ってコインボスじゃなくて普通に魔法の迷宮いったりね。
今の何倍も不便で、今よりもずっと「冒険」してる感が強かったあの頃。
少しずつ便利になって、少しずつやれることが増えて、今のドラクエがある。
昔話は書けばきりがなくなるから、この辺で・・・
これからも長くサービスが続くよう「おうえん」しています。