我儘で思い出したから吾輩の家の主人がこの我儘で失敗した話をしよう。元来この主人は何といって人に勝れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。ガチ戦闘ルームに入ったり、コロへ進出したり、デマだらけの日誌をかいたり、時によると弓装備に凝ったり、踊り子を始めたり、またあるときはイベ参加してブイブイ言わせたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。その癖やり出すと地雷の癖にいやに熱心だ。戦闘の中でスクルトばかり使って、近所でスクルト先生と渾名をつけられているにも関せず一向平気なもので、やはりこれは開幕スクルトにて候を繰返している。みんながそらスクルトだと吹き出すくらいである。
この主人がどういう考になったものか吾輩の住み込んでから一月ばかり後のある月の月給日に、包みを提げてあわただしく帰って来た。何を買って来たのかと思うとフォトショップというソフトで今日からインスタる決心と見えた。果して翌日から当分の間というものは毎日毎日書斎で画像補正ばかりしている。しかしその補正結果を見ると何を補正したやら鑑定スキルが仕事をしない。当人もあまり甘くないと思ったものか、ある日その友人でバズっている人が来た時に下のような話をしているのを聞いた。
「どうも甘くかけないものだね。ネットのを見ると何でもないようだが自らマウスをとって見ると今更のようにむずかしく感ずる」
これは主人の述懐である。なるほど詐りのない処だ。彼の友は金縁の眼鏡越に主人の顔を見ながら、
「そう初めから上手にはかけないさ、妄想ばかりでバズる画像がかける訳のものではない。昔し廃人が言った事がある。ネトゲガチなら仕事をやめろ。上位にPSあり。下位にエンジョイあり。固定に効率あり。野良に地雷あり。ネトゲはこれ一幅の大活画なりと。どうだ君も画らしい画をかこうと思うなら長期的にインをしたら」
「へえ廃人がそんな事をいった事があるかい。ちっとも知らなかった。なるほどこりゃもっともだ。実にその通りだ」
と主人は無暗に感心している。金縁の裏には嘲けるような笑が見えた。
その翌日吾輩は例のごとく離席マークを出してまったりしていたら、主人が例になく画面の前で何かしきりにやっている。ふと眼が覚めて何をしているかと見ると、彼は余念もなく廃プレイヤーを極め込んでいる。吾輩はこの有様を見て覚えず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼の友にバズせられたる結果としてまず手初めに吾輩をスクショしつつあるのである。吾輩はすでに十分寝た。欠伸がしたくてたまらない。しかしせっかく主人が熱心にスクショしているのを動いては気の毒だと思って、じっと辛棒しておった。
彼は吾輩を操作してバズりそうな素材を探しはじめた。吾輩は自白する。吾輩はえるおとして決して上乗のキャラメイクではない。背といい髪型といい顔の造作といいあえて他のえるおに勝るとは決して思っておらん。しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に編集されているような妙な姿とは、どうしても思われない。
第一色が違う。吾輩はフジゲル産の冥王のごとく紫を含める魔族のごとき皮膚を有している。これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。しかるに今主人の補正を見ると、紫でもなければ黒でもない。ただ一種の色であるというよりほかに評し方のない色である。その上不思議な事は画質が荒い。もっとも保存に保存を重ね解像度が下がっているのだから無理もないが顔らしい所さえ曖昧なのだからえるおだかなんだか判然しないのである。
吾輩は心中ひそかにいくら廃人でもこれではしようがないと思った。しかしその熱心には感服せざるを得ない。なるべくなら突っ込まずにおってやりたいと思ったが、さっきから戦闘のしすぎでHPが10を切っている。最早一分も猶予が出来ぬ仕儀となったから、やむをえず失敬して直立不動の姿勢で床ペロした。
さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない。どうせ主人の予定は打ち壊わしたのだから、ついでにベッドへ行って回復しようと思ってのそのそ這い出した。すると主人は失望と怒りを掻き交ぜたような声をして、座敷の中から「このバド野郎」と怒鳴った。この主人は人を罵るときは必ずバド野郎というのが癖である。ほかにスラングの言いようを知らないのだから仕方がないが、今まで辛棒した人の気も知らないで、無暗にバド野郎呼わりは失敬だと思う。それも平生吾輩が彼の操作へ乗る時に少しは好い顔でもするならこの漫罵も甘んじて受けるが、こっちの便利になる事は何一つ快くしてくれた事もないのに、休憩に立ったのをバド野郎とは酷い。元来人間というものは自己のPSに慢じてみんな増長している。少し人間より強い安西が出て来て窘めてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。