十年の金魚、そしてみるく
「……あっ、これは!」
エル・ミオーレ村の小さな自室で、リゼットは画面に浮かぶアイテムリストを見て声を上げた。懐かしい名前が、そこにあったのだ。
『金魚模様の浴衣』
カーソルを合わせると、白地に赤と黒の金魚が泳ぐ浴衣が、小さなプレビューで表示された。その模様、その色合い——十年前、冒険者として歩き出した頃に手に入れた、あの一着に間違いなかった。
「ああ……本当に懐かしい……」
初めての夏祭りイベントで、持ち金をはたいて買った浴衣。嬉しさと照れくささで、一度袖を通しただけだった。それきり、どこかに仕舞い込んでしまっていた記憶。
「まさか、取り寄せられるなんてねぇ」
最近導入された「お取り寄せ便」は、過去に預けたアイテムをどこからでも呼び出せる、便利なシステム。リゼットはすぐさまその浴衣を選んだ。空間がやわらかく揺れ、ふわりと白い浴衣が現れる。袖を通すと、さらりとした布の感触が心地よく、昔の自分がふと隣に立ったような気がした。
「やっぱり、可愛い……」
鏡の前でくるりと回ると、金魚たちが生きているように、浴衣の上でひらひらと舞った。子どもっぽいと感じたあの頃より、今のリゼットには、その可愛らしさがやけにしっくりくる。
ふと視線を上げると、部屋の襖にも金魚の模様が描かれていた。障子の向こうには、涼しげに泳ぐ青い金魚たち。そして床には、紫色の小花の絨毯が広がっている。まるで水中庭園のような空間。——こんなに素敵だったなんて、すっかり忘れていた。
そのとき、足元で小さく光が跳ねた。
「ぴこっ」
白く透き通った体に、うっすらピンクのヒレを持つ小さなおさかなの妖精、「みるく」が、金魚鉢から飛び出してきた。リゼットの周りをくるくると泳ぎながら、浴衣の金魚模様をチョンチョンと突く。
「どうしたの、みるく?」
「ぴこぴこ!きんぎょ!」
金魚、金魚!と言わんばかりに、障子、床、鉢……部屋中の金魚モチーフを次々に指差すようにヒレで示すみるく。その瞳は、嬉しさでキラキラと輝いていた。
「ふふっ、気に入ってくれたのね」
リゼットは微笑んだ。みるくは、かつてアストルティアの湖で出会った不思議なおさかな。言葉は話せないけれど、こうして気持ちはちゃんと伝わってくる。
この部屋の内装も、みるくのために少しずつ整えたものだった。みるくの故郷を思わせる水辺の風景を、ここに再現したくて。
浴衣の金魚たちと、部屋の中の金魚たち——そのすべてが、今、みるくの世界を彩っている。
「今の私なら、もっと素敵に着こなせそう」
浴衣の袖をそっと整えながら、リゼットは小さくうなずいた。十年前と違う自分。経験も出会いも積み重ねて、ようやくこの浴衣が似合う自分になれたのかもしれない。
「ねえ、みるく。少しお出かけしてみようか」
「ぴこー!」
みるくは嬉しそうに跳ねながらリゼットの肩に乗った。
エル・ミオーレの扉を開けると、外には夏の光がふりそそいでいた。白い浴衣が風に揺れ、金魚たちがふわりと泳ぐように舞う。
十年ぶりに袖を通した浴衣と、ずっと傍にいてくれた小さな相棒。今日からまた、新しい思い出を作っていく。
——アストルティアの空の下、水辺を目指すふたりの冒険が、また始まろうとしていた。