『拳が一つ、軽くなる音』
「……今の、入ったよな?」
モニターの向こうで、武闘家の俺が一歩、踏み込む。
コントローラーを握る指先が、汗でわずかに滑った。手のひらがじっとりしている。部屋は無音なのに、胸の奥だけがうるさい。
バシュッ。
画面の中で、拳が光を裂いた。
敵の体が弾かれ、数字が跳ねる。
「っしゃ……!」
思わず声が漏れる。喉がカラついて、声が少し掠れた。
椅子の背もたれがギシッと鳴る。長時間座りっぱなしの腰が、じわっと痺れている。
敵が倒れる。
その瞬間――
ポンッ
軽い音。
鈴が鳴るみたいな、DQ10特有の、あの音。
「……来た?」
画面の端。
文字が、ゆっくり浮かび上がる。
武闘家のレベルが 136 → 138 に上がった!
「……138?」
一瞬、理解が遅れる。
目が数字をなぞる。もう一回、見る。
「……138だよな?」
誰もいない部屋で、誰かに確認するみたいに呟く。
胸の奥が、ふっと温かくなる。熱湯じゃない。コーヒーを一口飲んだときみたいな、じんわりした熱。
「……やっとか」
天井を見上げる。
エアコンの風が、少しだけ冷たい。汗をかいた首筋に当たって、妙に気持ちいい。
「136から……長かったな」
独り言が増える。
でも不思議と、恥ずかしくない。
「武闘家さ、派手じゃないじゃん」
画面の中のキャラが、静かに立っている。
拳を構えたまま、何も言わない。
「魔法みたいにドカンってわけでもないし」
「剣みたいにキラキラもしないし」
コントローラーを置く。
指が少し震えているのに気づいて、笑う。
「でもさ」
画面に近づく。
ドットの光が、目にじんわり刺さる。
「一発一発、ちゃんと殴ってきたよな」
敵の攻撃を避けて、
タイミングを見て、
呼吸みたいにスキルを回して。
「ミスっても、戻って」
「死んでも、また走って」
深夜の静けさの中で、
ファンの回る音と、自分の呼吸だけが聞こえる。
「138かぁ……」
数字を声に出すと、現実味が増す。
胃の奥が、少しだけ軽くなる。
「……まだ先あるけどさ」
画面の中の武闘家が、拳を下ろす。
その仕草が、なんだか自分みたいで。
「今日は、ここまででいいや」
コントローラーを置く音が、やけに大きく響いた。
指先がじんと痛い。でも、嫌じゃない。
「おつかれ」
誰に向けたのか分からない一言を、部屋に落とす。
レベルが上がったのは、たった二つ。
でもその数字の裏に、
夜の静けさも、指の汗も、
何度もため息をついた時間も、全部詰まっている気がした。
画面の光を落とす前、もう一度だけ見る。
Lv.138
「……うん」
小さく頷く。
拳が一つ、軽くなった気がした。
もっと熱くも、もっと静かにもできます。
次は「レベルカンスト直前の夜」いきます?

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