『詠唱が終わったあと、少しだけ静かになる』
「……まだ、だよな」
モニターを睨む。
青白い光が画面いっぱいに広がって、魔法使いの杖先が鈍く光る。コントローラーを握る指が冷たい。エアコンの風が手首を舐めて、鳥肌が立った。
「メラゾーマ、もう一回……」
カチ、とボタンを押す音が、やけに大きく感じる。
詠唱の間、心臓が一拍、遅れる。
ドンッ。
爆ぜる炎。
数字が弾け飛ぶ。
「……よし」
声が小さい。
喉が乾いている。さっきからコーヒーの匂いだけが部屋に残って、口の中は苦いままだ。
敵が揺れる。
もう一発。
「頼む……」
画面の中で、魔法使いが一歩踏み出す。ローブの裾が揺れる。その動きが、自分の呼吸と妙に合っていて、息を吸うタイミングが分からなくなる。
ドン。
敵が倒れた。
一瞬の静寂。
そのあと――
ポンッ
耳に馴染みすぎた、あの音。
「……え?」
画面の文字が、ゆっくり浮かぶ。
魔法使いのレベルが 138 になった!
「……138?」
声に出した瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
次の瞬間、ふっと緩む。
「……マジか」
椅子に深くもたれる。背もたれがミシッと鳴る。
腰が痛い。首も凝ってる。でも、今はどうでもいい。
「……長かったな」
誰に言うでもなく呟く。
部屋には、PCのファンの音と、自分の息だけ。
「魔法使いさ……」
画面のキャラを見る。杖を持って、静かに立っている。
「MP管理きついし」
「詠唱遅いし」
「ワンミスで床ペロだし」
笑う。
でも、声はちょっと震えてる。
「でもさ」
指先が、まだ熱を持っている。
ボタンを押し続けたせいで、親指の腹がじんとする。
「詠唱中の、この時間」
「何もできない、この一秒」
画面の光が目に刺さる。
でも、目を逸らせない。
「ここで信じるしかない感じ」
「……嫌いじゃなかった」
レベル表示をもう一度見る。
Lv.138
「……ここまで来たか」
息を吐く。
肩の力が、少しだけ抜ける。
「強くなったっていうより」
「……耐えた、って感じだよな」
ローブの中で、魔法使いが静かに呼吸している。
詠唱が終わったあとの、あの一瞬の無防備さ。
「でもさ」
小さく笑う。
「それでいいんだよな」
キッチンの方から、冷めたコーヒーの匂い。
喉が渇いているのに、今は飲みたくない。
「今日は……ここまででいいや」
コントローラーを置く。
カチャ、という音が部屋に落ちる。
画面を暗くする前、最後に一度だけ確認する。
魔法使い Lv.138
「……おつかれ」
魔法の光が消えたあと、
部屋は静かで、少しだけ温かかった。
詠唱が終わったあとみたいに。

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