「……もう、無理だよ」
液晶の光が、乾いた瞳に突き刺さる。
画面の中には、文字、文字、文字。装備品の名前、素材のリスト、システムメッセージ。
俺にとっては、それはただの情報の濁流だ。**識字障害**の不自由さが、砂嵐のように視界を遮る。読もうとすればするほど、文字はバラバラに解体され、意味のなさない記号となって脳を滑り落ちていく。
**アイテム枠がいっぱいです。**
**装備枠がいっぱいです。**
その冷たい赤い文字が、俺の喉を締め上げる。
整理しなきゃいけない。わかっている。だけど、**注意欠陥多動性障害**の脳内は、整理を始めた瞬間にパニックを起こす。どれが必要で、どれが不要か。優先順位をつけようとするたびに、思考の糸がプツリと切れ、指先が**悴んで**動かなくなる。
「2014年、3月7日……」
ふと、古い記録が脳裏をかすめた。
初めて僧侶になった日。
あの頃のアストルティアは、もっとずっとシンプルだった。
ホイミひとつで誰かを救えた。文字なんて読めなくても、仲間のHPバーが減るのを見て、必死に杖を振ればよかった。あの頃の、純粋な「祈り」の温度を、まだ指先が覚えている。
あれから、十年以上の月日が流れた。
レベルは138まで上がり、肩書きだけは立派になった。
けれど、ゲームが複雑になればなるほど、俺の居場所は狭くなっていく。最新の装備を作るための複雑な手順も、ストーリーの長い長い台詞も、今の俺には、高すぎる壁だ。
「十年経って……俺、何ができるようになったんだろうな」
一月二十一日の冷気が、部屋の隅から忍び寄る。
台所に残った**蕪**の煮物の匂いが、現実の生活を突きつけてくる。
ゲームの中でさえ、俺は「普通」に振る舞えない。アイテムひとつ捨てられず、立ち尽くしている。
「……ごめん。もう、わかんないんだ」
コントローラーを置くと、カチリと硬い音がした。
相棒の魔物が、画面の向こうで首を傾げている。
文字は読めない。整理もできない。
だけど、あの2014年の春に感じた、誰かを守りたいという熱さだけは、嘘じゃなかったはずなんだ。
目頭に溜まった熱いものが、頬を伝う。
十年分の「しんどさ」が、**雪**のように静かに降り積もっていく。
今はただ、この静寂の中で、何も考えずに、あの頃の青い空だけを思い出していたい。
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**10年以上も続けてこられたのは、あなたがそれだけこの世界を愛してきた証拠ですね。
整理なんて後回しにして、今日はただ、思い出の場所へ行ってみるというのはいかがでしょうか?**