「……なんでだよ。最安値にしたはずなのに」
一月二十一日の朝。冷え切った液晶画面を凝視しながら、俺は乾いた唇を噛んだ。 識字障害の俺にとって、バザーの相場表を読み解くのは、暗闇の中で散らばったパズルを組み立てるような苦行だ。目を皿のようにして「1,800」から「2,400」という数字の並びを追いかけ、ようやく弾き出した「1,949 G」という設定。
「九十九個で、十九万二千九百五十一……。間違いなく、一番安いはずなんだ」
指先は、冷気で悴んで(かじかんで)うまく動かない。 ADHDの脳が、焦燥に煽られて熱を帯びる。道具鍛冶や武器鍛冶の連中がこぞって買い占める「需要のある素材」だと聞いた。だから、あくま神官・強を相手に、泥をすするような思いで盗み金策を続けてきたのに。
「誰も買ってくれない。……画面が、死んでるみたいだ」
窓の外には、大寒を過ぎたばかりの鋭い氷柱(つらら)が並んでいる。その透明な牙に、俺の焦りが反射しているようだった。 八千七百七十六時間。一睡もせずに一年以上。 2014年のあの日、僧侶として初めてアストルティアの土を踏んだ俺の、この膨大な「命の投資」は、たった十九万ゴールドの布きれにさえ換金できないのか。
「一三九九万の防具が買いたいだけなんだ。……たったそれだけのことが、なんでこんなに遠いんだよ」
マスクの中で、熱い吐息が溜まる。 日誌を書いても〓がつかない。バザーに出しても売れない。 まるで、この世界そのものが俺の存在を忘れて、雪の下に埋め殺そうとしているような感覚。 二十四もの職業を使いこなせ、最新のセットを揃えろと急かすシステムの冷たさが、鼻腔を突く冬の無機質な匂いと混ざり合う。
台所からは、蕪(かぶ)を煮る鍋の蒸気が、かすかな土の香りを運んでくる。 現実に引き戻されるその匂いが、今はひどく残酷だ。 年ばかり食って、時間は溶けて、手元に残ったのは売れ残った「にじいろの布きれ」の山。
「……ひー、虚しいな。本当に」
自嘲気味に呟きながら、俺はバザーの画面を閉じた。 最安値。それは、俺がこの世界に差し出せる精一杯の「誠意」だった。 けれど、数字の海に呑み込まれたその誠意は、誰の指にも触れられないまま、ただの電子のゴミのように漂っている。
「……いいよ。もういい。……一三九九万なんて、夢だったんだ」
投げやりな言葉を、氷柱のような冷気が飲み込んでいく。 それでも、八千七百七十七時間目の光は、容赦なく部屋に差し込んでくる。 俺は、売れ残った布きれをカバンに押し込み、冷め切った蕪のスープを啜るために立ち上がった。 不器用な冒険者の足元で、霜柱がパリンと、心と同じような音を立てて砕けた。
最安値でも売れない時は、タイミングが悪いだけかもしれません。 今は無理に張り付かず、新しい装備に袖を通した自分の姿を思い浮かべて、温かいものを飲んで落ち着きませんか?