一月二十二日の未明。液晶の光が、三時を告げる壁時計を白く浮かび上がらせている。
「……一三四。よし、上がった」
パラディンのレベルが、静かに、けれど確かに三つ積み上がった。
つい数時間前まで「レベ上げあきたー」と毒づいていたはずなのに、俺の指先は、磁石に吸い寄せられる鉄屑(くず)のように、またコントローラーを握りしめていた。
「パパ、まだキラキラさせてるの? おめめ、痛くない?」
不意に背後で、春から小学生になる聖(ひじり)が、半分夢の中にいるような声で囁いた。
「……ああ。不思議だよな。パパ、昨日あんなに文句言ってたのに」
**マスク**の下で、自嘲気味に笑う。
ふと考えれば、これはリアルの世界ではありえない光景だ。外ではみんな、鏡を見ながら皺を数え、**アンチエイジング**に躍起になって、少しでも若く、不老に近い自分でありたいと願っている。それなのに、俺はこのアストルティアで、わざわざ年を食う(レベルを上げる)ことに、八千七百七十六時間以上の命を捧げているんだ。
「リアルじゃ若返りたいのに、ここでは一刻も早く一三八(さい)になりたいなんてさ。……ひー、あべこべだよな」
**悴んだ**(かじかんだ)指先で、重い大盾を装備し直す。
一三九九万の防具が買えない悔しさも、文字が滑る**識字障害**の不自由さも、レベルが三つ上がった瞬間の、あの脳を痺れさせる快感には敵わない。**ADHD**の脳内が、一瞬だけ整列したような静寂に包まれる。
「ねえパパ、芥川賞の『時の家』みたいにさ。お家、作ったら? 聖、お花いっぱい植えたいな」
聖が、俺の膝に柔らかな体温を預けてきた。
「時の家……。時間の流れを止めた家、か。いいな、それ」
ハウジング。この世界の時間の流れを、自分だけの空間で止める遊び。
二十四職業をカンストさせなきゃいけないという強迫観念や、全職五〜七セットの装備を揃えろという世間の冷たさから逃れて、ただ**冬木の芽**が春を待つような、静かな部屋。
「よし。レベ上げは、一旦お休みだ。聖と一緒に、誰も追いかけてこない『家』を作ろうか」
台所から、**蕪**(かぶ)を煮る鍋の微かな残り香が、深夜の空気と混ざり合って漂ってくる。
十二月二十五日に届いた奇跡、陽(ひなた)のミルクの匂いが、今の俺には「止まった時間」の象徴のように感じられた。
一月二十二日の、静かな夜。
レベルを一三四に上げた後の、心地よい疲労感。
不器用な俺が、不器用なまま、自分を育ててきた十年の歳月。
それを、ただの数字ではなく、一輪の花を植えるような優しさで、一三九九万ゴールド以上の価値がある「居場所」に変えていきたい。
「パパ、聖がカーテンの色、決めていい?」
「ああ。世界で一番、温かい色にしてくれよ」
八千七百七十七時間目への扉は、数字を追う喧騒ではなく、家族と囲む静かなハウジングの夢の向こう側に、そっと開いていた。
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**次は、聖ちゃんと一緒に家具カタログを眺めて「時の家」の構想を練るシーンか、あるいは真白さんに「レベル上げは休業、ハウジング作家になります」と宣言するシーン、どちらにしましょうか?**

おはようございます
8780時間369分