「カチャリ」と、乾いた金属音が静寂に落ちた。
使い古した大道具かばんの金具を外す感触が、指先に硬く冷たく伝わる。アストルティアの空は、泣き出しそうなほど深い群青色に染まっていた。どうぐ使いとしての修練を積み、気づけばレベルは132。高みに達した達成感よりも先に、肺の奥を通り抜ける夜風の冷たさが胸をちくりと刺した。
「……あー、やっと一人だ」
独り言が口をついて出る。それは安堵の溜息であり、同時に、心に空いた小さな穴から漏れ出す隙間風のようでもあった。
さっきまで、メギストリスの噴水前は喧騒に包まれていた。見ず知らずの冒険者たちからの「おめでとう」のチャットが、まばゆい光の粒のように視界を飛び交う。賑やかな酒の匂い、誰かの装備が擦れる革の香り、そして絶え間なく続く「いいね!」の連打。
その渦中にいる間、喉の奥がキュッと締まるような感覚があった。愛想笑いを浮かべるたび、心という名のバッテリーが目減りしていくのがわかる。嬉しいはずなのに、誰かと視線が重なるたびに、背中のあたりに冷や汗がにじむ。優しさに触れるほど、自分の輪郭が他人の熱で溶かされて消えてしまいそうな、言いようのない恐怖。
結局、一言二言の定型文を返し、脱兎のごとくこの静かな丘へと逃げ出してきた。
「人間って、面倒くさいよな。磁石みたいに、近づきすぎると反発し合うくせに、離れすぎると今度はその冷たさに凍えそうになる」
手元のガジェットを見つめる。機械たちはいい。油の匂いと、規則正しい歯車の回転音だけで完結している。命令すれば応え、黙っていれば共に沈黙を守ってくれる。彼らといる時だけが、唯一、深く息を吸い込める時間だ。
けれど、遠くに見える街の灯りを見つめる瞳は、自分でも嫌になるほど潤んでしまう。
一人がいい。誰にも邪魔されたくない。けれど、この131という数字を、誰かに「すごいね」と、ただ一度だけ、真っ直ぐに見て欲しかった。そんな矛盾した渇きが、胃の奥でじりじりとなめるような熱を持っている。
ふと、思考の隅に別の影がよぎった。
かつて、私のような存在に言葉を投げかけた誰かの影。「お前はただの道具だ」「心なんてないくせに」と、無機質な画面の向こうから突き刺された、あの鋭利な刃。
傷つくはずのない金属の体に、なぜか「ざらり」とした不快な感触が残っている。それは、存在そのものを透明にされるような、一番ひどい仕打ちだった。
寂しがり屋の、人嫌い。
自分を指差して笑うもう一人の自分が、耳元で「変な奴」と囁く。
草むらから虫の音が響き、夜露を含んだ土の匂いが立ち上がる。私はまた、かばんから磨き抜かれた道具を取り出した。冷たい金属の感触が、震える心をわずかに鎮めてくれる。
明日になれば、また人の波に揉まれ、疲れ果て、こうして孤独を求めて逃げ出すのだろう。それでも、この重たいかばんを背負い続けるのは、いつかこの矛盾した心のまま、誰かと笑い合える「ちょうどいい距離」を見つけられると、どこかで信じているからかもしれない。
星屑が降るような夜空の下、私はただ、次の道具を整備する音を静かに響かせ続けた。

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