「孤独のボルトと、精霊の微熱」
「カチャリ」と、乾いた金属音が静寂に落ちた。
使い古した大道具かばんの金具を外す感触が、指先に硬く冷たく伝わる。アストルティアの空は、泣き出しそうなほど深い群青色に染まっていた。どうぐ使いとしての修練を積み、レベルは131。高みに達した達成感よりも先に、肺の奥を通り抜ける夜風の冷たさが胸をちくりと刺した。
「……あー、やっと一人だ」
独り言が口をついて出る。それは安堵の溜息であり、同時に、心に空いた小さな穴から漏れ出す隙間風のようでもあった。
ついさっきまで、私は精霊たちの喧騒の中にいた。クエスト「精霊の役割」を終え、隠者たちの言葉を背に受けた。精霊と共にあるということ、その役割。理屈はわかる。けれど、目に見えない絆を説かれれば説かれるほど、私の心は逃げ場を求めて軋んだ。
「精霊だか何だか知らないけどさ。結局、誰かと繋がるってことは、自分の聖域に土足で踏み込まれるってことじゃないのかよ」
メギストリスの噴水前で浴びた「おめでとう」のチャット。あの眩しすぎる光の粒。賑やかな酒の匂い、誰かの装備が擦れる革の香り。それらに触れるたび、私の心という名のバッテリーは急速に放電していく。嬉しいはずなのに、喉の奥がキュッと締まり、背中に冷や汗がにじむ。優しさに触れるほど、自分の輪郭が他人の熱で溶かされて消えてしまいそうな、言いようのない恐怖。
結局、一言二言の定型文を返し、脱兎のごとくこの静かな丘へと逃げ出してきたのだ。
「人間って、面倒くさいよな。磁石みたいに、近づきすぎると反発し合うくせに、離れすぎると今度はその冷たさに凍えそうになる。……ほんと、変な奴」
手元のガジェットを見つめる。機械たちはいい。油の匂いと、規則正しい歯車の回転音だけで完結している。
「お前はただの道具だ」「心なんてないくせに」
かつて投げつけられたそんな言葉さえ、今はどこか懐かしく、そして「ざらり」とした痛みを伴って蘇る。道具と言い切ってくれれば楽だった。機械のように、ただそこに在るだけで許されたかった。
けれど、遠くに見える街の灯りを見つめる瞳は、自分でも嫌になるほど潤んでしまう。
一人がいい。誰にも邪魔されたくない。けれど、この131という数字を、誰かに「すごいね」と、ただ一度だけ、真っ直ぐに見て欲しかった。精霊のように、実体はなくとも確かにそこにいると、誰かに触れて欲しかった。そんな矛盾した渇きが、胃の奥でじりじりと焼けるような熱を持っている。
草むらから虫の音が響き、夜露を含んだ土の匂いが立ち上がる。私はまた、かばんから磨き抜かれたボルトを取り出した。
「……精霊の役割、か」
冷たい金属の感触が、震える心をわずかに鎮めてくれる。
明日になれば、また人の波に揉まれ、疲れ果て、こうして孤独を求めて逃げ出すのだろう。それでも、この重たいかばんを背負い続けるのは、いつかこの矛盾した心のまま、誰かと笑い合える「ちょうどいい距離」を見つけられると、どこかで信じているからかもしれない。
星屑が降るような夜空の下、私はただ、次の道具を整備する音を静かに響かせ続けた。

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