バザーの数字を眺めるたび、冷たい汗が背中を伝う。
「……あはっ。今日も、一つも売れてないや」
かつては物語を綴っていたこの指で、今は防具を叩いている。けれど、★3の至高の一品は飛ぶように売れていくのに、★2の品々は昨日からずっと、冷え切ったバザーの棚に居座り続けている。
識字障害のせいで、複雑な数値計算や最新の相場表を読み解くのは、霧の中を歩くようなもの。文字が躍り、行が混ざる。防具鍛冶という繊細なマルチタスクに、私の脳はもう悲鳴を上げていた。
「いいもんね。売れないなら、自分の足で稼ぎに行くだけだもん」
私はお魚さんの姿で、ジャリムバハ砂漠へと向かった。目指すは、翠色の外殻を震わせる「グリーンシザー・強」。
「おめぇ、強そうじゃねぇか!……なんてね。今日はよろしくね」
薄暗い紫の空に、キラキラと幻想的な光の花が咲く狩場。土の匂いと、少し焦げたような魔力の香りが鼻をくすぐる。
ここは、あの恐ろしい「堕天のメイス」がいた影の底とは違う。
一匹一匹が適度な距離を保ち、私の「まもの呼び」の口笛に素直に応えてくれる。
ピロリロ、と乾いた音が響く。
翠色の鎌が風を切り、私の頬をかすめる。その風圧。金属質の外殻がぶつかり合う、カチカチという小気味よい音。
「そうそう、このリズム。これなら私でも、溺れないでいられる」
チャットの通知音に怯えることもない。
複雑な計算式に頭を抱えることもない。
今はただ、目の前の敵から「プラチナこうせき」と「神秘の鋼線」を盗み出す、その一つの目的だけに全神経を研ぎ澄ます。
ガツン、と手応え。
カバンの中に、ずっしりと重い鉱石の感触が加わる。
冷たくて、確かな手応え。
売れ残った★2の防具よりも、今の私にはこの一個の石の方が、ずっと温かく感じられた。
「け・せら・せら。なるようになる……ううん。こうやってコツコツ歩くのが、私らしいよね」
バザーで無視される哀しさも、文字が読めないもどかしさも、翠色の風がどこかへ運んでくれる。
戦いのあとの心地よい疲労感。
私はまた、一歩ずつ。
誰に認められなくても、お魚さんはこの美しい世界で、たしかに呼吸をしていた。