バザーの棚から動かない★2の防具。識字障害のせいで、文字が躍るバザーの相場表を読み解くのはもう限界だった。だから、お魚さんの私は、また自分の腕一本で稼ぐために、暗く湿った戦地へと足を運ぶ。
「あはっ。今日のお相手は、ずいぶんとお洒落な悪役令嬢様だね」
目の前に現れたのは、ふわりとしたドレスの裾を揺らす「デスマドモアゼル」。鳥籠のようなスカートの中に、鋭い棘を隠し持ったその姿は、高慢な笑みを浮かべてこちらを見下ろしているようだった。
「魅了耐性を90まで積んできたんだよ?……なのに、なんで!」
甘い香りに混じって、冷たい魔力の波動が鼻をくすぐる。その瞬間、視界がピンク色の霧に包まれた。耐性を高めたはずなのに、彼女たちの放つ「魅了」の魔法は、私のガードを易々と突き破ってくる。
「……っ、体が勝手に……!おめぇ、見た目以上にえげつねぇじゃねぇか!」
ADHDの特性で、刻一刻と変わる戦況のマルチタスクに脳はもうパンク寸前だ。魅了されて味方に武器を向けてしまう自分。それを取り消そうと焦る指先。何度も、何度も冷たい地面に伏しては、また立ち上がる。神兵の時と同じ、死のループ。
でも、彼女たちが隠し持っている戦利品は、今の私にはあまりに眩しい。
「おぼろ水晶」と「にじいろの布きれ」。
指先で触れれば、しっとりと冷たい水晶の質感と、絹のように滑らかな布の感触が伝わってくる。
「アイテムはめっちゃいいんだけどなぁ。ドロップ、渋すぎだよ」
戦いのあとの心地よい疲労感。私は、お魚さんの背負った大きな武器を握り直した。
★2が売れない哀しさも、何度も死ぬ情けなさも、全部この「たのしい」という熱い感情が塗りつぶしてくれる。
「け・せら・せら。なるようになる、だもんね」
悪役令嬢のような彼女たちとの追いかけっこは、まだ始まったばかり。
バザーの数字に追いかけられるより、こうして「あいつ、つえーな!」と笑いながら戦うほうが、今の私にはずっとお似合いの物語だった。
次は、手に入れた「にじいろの布きれ」を使って、お家のお人形に新しいドレスを作ってあげようかな。そんなことを考えながら、私は再び、甘い毒の香る戦場へと一歩踏み出した。